アニメーターは薄給・過重労働と言われる真因 アニメ作品濫造の陰に製作委員会の功と罪

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業界関係者によると、『エヴァンゲリヲン新劇場版:序』を大ヒットさせた庵野秀明監督は、この作品のために株式会社カラーを設立する際、BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)など財務を勉強し、100%自社で出資し大きな利益をあげ、次作の『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』につなげたそうだ。

しかし庵野監督のような経営者は少数派で、多くの経営者はBSは読めず、資金繰り表も作れず、内部留保の重要性もわからず、気にするのは翌月の現金だけ。だからキャッシュ(現金)が足りなくなると、前受金をもらうために無理を承知で新作を受注する。そしてあとで苦しくなり現場が崩壊。「アニメ業界の残酷物語」などと言われる過重労働問題の根本にあるのは、財務の健全化を図れない経営力のなさなのだ。

コロナ禍によって倒産したアニメ制作会社はまだないが、元々、4割くらいの会社が赤字だと言われている。問題が出てくるのはこれからだろう。それというのもアニメは、企画の開始から放送・公開までに2〜3年はかかる。今は2〜3年前に企画された作品が回っているが、今後は、劇場アニメの黒字が見込めないうえ、製作委員会を組成している各企業も自身の経営が苦しくなり投資を控えることが予想されるので、制作費の調達が難しくなる。

そうすると2〜3年後くらいに作品数の減少が起きるということになる。 業界に流れてくる資金が減るので、自転車操業を繰り返している内部留保がないアニメ制作会社は今後、新規の企画が減ると一気に苦境に立たされることになるだろう。

ちなみに内部留保とは、企業が生み出した利益から税金や配当、役員賞与など社外流出する分を差し引いたお金で、簡単に言えば「企業の儲けの蓄え」を指す。内部留保が少なく体力がない会社は厳しい状況に追い込まれる。だがその一方で、経営がしっかりしている会社はしっかりと儲けている。新型コロナは、これまでの経営の実力の差を明確にしてしまう。

コロナ禍で見えてきた製作委員会の功罪

新型コロナによって、製作委員会の問題点も見えてきた。今のアニメは、ほとんどが製作委員会方式で作られている。製作委員会は高額の制作費を集めるために考え出されたリスク分散システムだ。アニメはとにかくお金がかかる。30分枠の深夜帯テレビアニメ1話の制作費は1800万円〜2500万円が相場で、なかには3000万円を超えるものもあるといわれる。ゴールデン帯やプライム帯に放送される1時間枠のドラマより、時間あたりの金額は高いくらいだ。

しかし視聴率はせいぜい数パーセント。アニメは作品がヒットすれば大きな利益が出るが、その確率は低いハイリスク・ハイリターンのビジネスだ。1社で制作費を負担するのは危険なので、複数の企業が製作委員会を組成し共同出資する方式が生まれた。出資するのは、DVDやブルーレイ、音楽CDなどを販売する企業、キャラクターを利用する玩具メーカー、ゲーム会社、ネットに配信する配信サービス会社などで、アニメ制作会社が出資するケースもある。

製作委員会によってリスクが分散され、数多くの作品が生まれることになった。今の日本アニメの隆盛はまさに製作委員会があったからこそ成り立ったものだ。しかし今の製作委員会に問題がないわけではない。製作委員会から制作会社が受注すると制作費はそこで確定する。しかしその後も製作委員会からはさまざまな要求がくるため、それらをすべて受け入れると制作費は増えてしまう。

本来なら見積もりを出し直し制作費の増額を交渉できればいいが、それがなかなかできないので赤字になる。するとキャッシュが不足するので、また困難な案件をとってしまう。赤字作品を生み出す無限ループだ。これが繰り返されることによって粗製濫造の作品が増える。人は育たず過重労働が増え、やめていく人が増え、さらにはアニメ業界の悪い噂がたつ。

解決するには制作会社がしっかり交渉できる力をつけ、一方で製作委員会も制作会社が受注した後に要求をする場合、制作費の増額をすべきだ。現在の業界の疲弊状況ではアニメーターの育成もままならない。制作会社が利益を残し、内部留保を積んで経営を安定化させ、人を育てられる体制を作らないと、業界自体がどんどん弱体化していくことになる。

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