「バンクシー」消した地下鉄、判断は適切だった? 欧州の鉄道、「落書き」の被害は深刻な問題

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ペンキで描かれている落書きを消すに当たり、シンナーのような化学薬剤を浸したモップを使って擦ってみると、塗料が溶け徐々に消えていく。車両側面に描かれた3メートル四方ほどの落書きは3人のスタッフが15分ほどで消しきった。

薬剤の調合を間違うと、落書きだけでなく車両そのものの塗装を溶かしてしまうリスクもある。別の鉄道オペレーターによると、イギリス製の「落書きリムーバー」なる薬剤を仕入れて使っているそうだが、DBの場合は化学薬剤を調合して使っているという。

DBサービスのマルティン・ハミッチュ氏はイノトランスでのデモンストレーションの目的について、「落書きは世界各国の鉄道オペレーターにとって長年の悩み」と述べ、「短時間、低コストで消せるわれわれのノウハウを国外の事業者に輸出することを目指している」と期待感を示した。

ドイツ鉄道(DB)による落書き消しの実演。「消す技術を輸出したい」と2018年の「イノトランス」会場で披露された(筆者撮影)

ハミッチュ氏によると、DBが受けた車両や鉄道施設への落書き被害は2017年の1年間で35万平方メートル、つまりサッカーコート50面分に相当し、被害回数はなんと2万7000回に及んだという。落書きを消したり、部品交換のための処理費用は3400万ユーロ(41億8000万円)に達し
ているが、「被害が増えれば増えるほどコストはかさみ、最終的に乗客に転嫁しなければならないことも考えなければならない」と窮状を述べている。

DBの落書き被害対策として、過去には車庫にドローンを飛ばして、犯人探しをする施策を取ったことがある。これについてハミッチュ氏は「あれは防止にはなるが、抜本的な解決にはならない」と苦慮する様子が伺えた。

「マスク着用告知には感謝」

困ったことに落書きは、ある種の人々の自己顕示欲を示す手段にもなっているようだ。建物の高いところや、足場のないガードの外壁など近づくのが難しい「どうやって描いたのか不思議な場所」に落書きを見ることも少なくない。そうした無謀な挑戦は、迷惑系YouTuberの考え方に近いものを感じるが、中には失敗する輩もいる。

ロンドンでは2年ほど前、3人の少年が深夜、郊外に向かう通勤鉄道路線の壁に落書きを仕掛けていたところ、やって来た貨物列車にひかれて亡くなるという事故があった。警察は当時、「遺体の様子は説明不能な状態だった」とし、「落書きアーティストは、線路にいるとひかれると意識せよ」と皮肉たっぷりの警告を出している。

今回のバンクシーの”新作”について、ロンドン地下鉄は「消したのは、厳しい落書き防止ポリシーに基づくもの」としながらも、「バンクシーが、利用客へマスク着用を求める告知をしてくれたことに感謝する」と述べ、「彼が新たな形でメッセージを伝えるための場所を提供したい」と、新たな作品の登場を期待する姿勢を見せている。

「消されることも計画のうち、と考えている」と評されるバンクシーの作品。はたして次の作品はどういった形で現れるのだろうか。

さかい もとみ 在英ジャーナリスト

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Motomi Sakai

旅行会社勤務ののち、15年間にわたる香港在住中にライター兼編集者に転向。2008年から経済・企業情報の配信サービスを行うNNAロンドンを拠点に勤務。2014年秋にフリージャーナリストに。旅に欠かせない公共交通に関するテーマや、訪日外国人観光に関するトピックに注目する一方、英国で開催された五輪やラグビーW杯での経験を生かし、日本に向けた提言等を発信している。著書に『中国人観光客 おもてなしの鉄則』(アスク出版)など。問い合わせ先は、jiujing@nifty.com

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