小田急ロマンスカーと「新幹線誕生」の深い関係

「SE」来春開業のミュージアムへ"殿堂入り"

高速性能を追求した小田急3000形SEは1957年に登場した。新宿方先頭はデビュー当時の流線型の前面に復元されている=2017年10月(記者撮影)

7月1日、東海道新幹線に最新鋭の技術が詰め込まれた新型車両「N700S」がデビューする。1964年に世界初の高速鉄道として開業した東海道新幹線は現在、最高速度時速285km、東京―新大阪間を2時間半で結び、日本の大動脈の役割を担っている。

その世界に誇る新幹線の初代、「0系」車両の開発を大きく前進させた私鉄の特急車両がある。いまから60年以上前に彗星のごとく現れ、日本の電車技術に長い尾を残した小田急電鉄の「3000形SE」だ。SF映画に出てきそうな流線型スタイルに軽量・高性能の車体で、狭軌最高速度の世界記録(当時)を打ち立て「電車特急」発展の礎を築いた。

「電車特急」のパイオニア

現在、日本の鉄道は通勤電車から新幹線まで、車両にモーターを備えた電動車を編成に組み込んだ「動力分散方式」が主流だ。一方、フランスの高速鉄道TGVに代表されるように、ヨーロッパの長距離列車は編成の先頭、または両端を動力車(機関車)とする「動力集中方式」が多い。動力分散方式は加減速がしやすくカーブや勾配の多い日本の線路に向いているとされ、近年は海外の高速鉄道でも採用例が増えている。

だが日本でも、戦後しばらくの間まで長距離列車は機関車が牽引する方式が当たり前だった。電車による長距離輸送に道を開いたのは、1950年に国鉄が開発した「湘南電車」の元祖80系だ。東海道本線の全線(東京―神戸間)が電化されたのは新幹線開業の8年前、1956年11月で、2年後に国鉄初の特急形電車「151系」による「こだま」が走り出す。7時間半かかっていた東京―大阪間の所要時間はその後6時間半に短縮された。

国鉄・私鉄を問わず、電車の高速化は目的地へ早く着くという乗客サービス向上の観点のほか、車両の運用効率を上げる収益面の重要な課題だった。

小田急でも「大東急」から分離独立した1948年に新宿―小田原間を60分で結ぶ目標を打ち出した。「復興整備車」によるノンストップ特急の所要時間が100分かかっていた時代だ。このような機運の中で構想が練られたのが軽量・低重心の高性能電車3000形「Super Express」、略称SEの開発だった。

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