小田急ロマンスカーと「新幹線誕生」の深い関係

「SE」来春開業のミュージアムへ"殿堂入り"

鉄道車両の高速化を目指して最新技術の粋を集めて完成したSEは、小田急線内の速度試験で時速127kmを達成。1957年7月6日に営業運転を開始した。流線型に鮮やかなバーミリオンオレンジとシルバーグレーを塗り分けた斬新なデザインも注目の的となった。

デビューから2カ月後、今度は線形がよい国鉄の東海道線に舞台を移して走行試験に挑む。国鉄と私鉄共同での初めての試みだった。1957年9月26日未明、大船―平塚間で時速143kmという当時の狭軌(線路幅1067mm)における世界最高記録を樹立。翌27日に函南―沼津間で145kmを出して記録を塗り替えた。SEの設計と走行試験で得られた知見は日本の電車特急の未来を開き、新幹線の開発に多大な影響を与えた。

SEの開発を主導した国鉄の運転部門出身の小田急取締役、山本利三郎は専門誌『交通技術』の中で「在来電車は客車と比べて乗心地に大差があり、このために長距離用として不適当とされていた。ほかにも理由があると思われるが、この点が今回のS.Eの利用経験から相当の改善が認められて新たな認識がえられ、前記線路への影響が機関車列車と比べ小さいことと併わせて、電車の長距離化が推進されることを期待したい」と記している。

これまでにない電車特急として華々しいデビューを果たしたSEは、当然ながら人気を呼び、最終的に計4編成32両が投入された。新宿―小田原間のスピードアップに貢献、1961年には同区間の所要時間は64分にまで短縮した。

「SSE」となって御殿場線に

SEの登場に先立つ1955年、小田急は新松田―松田間に新設した連絡線を介して国鉄御殿場線への乗り入れを開始する。2018年に「あさぎり」から改称された特急「ふじさん」の出発点だ。だが、当時の御殿場線は非電化で蒸気機関車が主力。直通運転にあたって小田急“電鉄”初のディーゼルカー、「キハ5000形・5100形」が登場した。

SSEに改造後はかなり愛嬌のある顔立ちとなった(記者撮影)

その後、1968年に御殿場線が電化されると、すでにデビューから10年が経っていたSEが直通列車の役割を任されることになる。御殿場線乗り入れに伴って前面デザインが大幅に変更され、中央に寄っていた2つのライトは左右に分けられた。

8両編成4本を組み替え、5両編成に短縮されて6本となり、「Short(ショート)」を冠した「SSE」に改造。以来1992年まで現役35年の3分の2を御殿場線直通や「えのしま」「さがみ」として活躍した。SSEの1編成はさらに静岡県の大井川鉄道に譲渡された。

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