「世界の山ちゃん」社長急死で妻が見せた"手腕" 経営素人から、全国68店舗を率いるトップに

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その後、重雄さんからの依頼で午前中だけ出社。重雄さんが各店を視察した結果を清書したり、月1回発刊の社内報『変通信』や、店舗に掲示されるかわら版通信『てばさ記』の執筆と編集に携わったが、経営はもちろん、重雄さんの仕事に口をはさむことはほとんどなかった。

2001年には長女を出産。その3年後には次女、さらに4年後には長男と、3人の子宝にも恵まれた。

2005年には鳥インフルエンザの流行で、手羽先の入手先に苦労したことはあったものの、『世界の山ちゃん』は右肩上がりの成長を続けている。

母親として、気鋭の経営者の妻として、充実した毎日。久美さんは、これがずっと続いていくと思っていた。4年前の、2016年8月21日のあの朝までは――。

冒頭の、重雄さん死去のあの朝――。

「あなたが社長をやりなさい」

病院には急報を聞きつけた社員や取引先の方々が続々と集まってきていた。不安げな幹部たちに囲まれて、久美さんは混乱するばかりだったという。

「なんにも考えられなかったですね。最初に頭に浮かんだのは家庭のことで、“これからどうしよう?”ということばかり」

前出・半谷さんが証言する。

「朝、亡くなって、9時とか早い時間に電話をもらっているんですけど、気づかなくって。夕方、3時とか4時にやっとつながって。泣き声だったかなあ……。“山ちゃんが死んじゃった”って言われましたが、言っている意味がわからなかった」

59歳という若さで急逝した重雄さんの葬儀には、多くの人が参列(写真:週刊女性PRIME)

半谷さんはその後、着の身着のままで病院へ向かった久美さんのために、羽織れるものを持って葬儀場まで駆けつけたという。

久美さんが会社のことに意識がいったのは、病院に駆けつけた取引先に会ってからのことだった。

「“あなたが社長をやりなさい”と言われて初めて“あっ!会社どうしよう?”と」

葬儀での久美さんを、西日本営業部部長の横井浩孝さん(51)が証言する。

「みんな(社員)と話すときは毅然としていましたが、1人になって棺の横に行くと泣き崩れていましたね。みんなの前では、涙は見せないようにしていました。見ていてウッとこみ上げるものがありました」

このときの妻としての複雑な心境を、子どものバスケ部を通してママ友という河野京子さん(48)が証言する。

「そのころは部活が盛んだったので、“ご主人のために”というよりは、お子さん中心の生活だったと思います。あとになって、部活のぶん、ご主人と一緒にいる時間があまりとれていなかったから、何もしてあげられなくて申し訳なかったというようなことをおっしゃっていたのを覚えていますね」

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