かんぽ不正「100年史」に刻まれた長く深い病巣

第2次大戦前から蔓延し、告発本も出ていた

かんぽの不正は今に始まった話ではない根深い問題だ(撮影:梅谷 秀司)

かんぽ生命保険の郵便局員による不正募集が発覚してから1年。この問題は郵政民営化や日本郵政グループ企業の上場を契機にはびこったわけではない。前身の簡易保険の時代から何度となく蔓延してきた。

『週刊東洋経済』7月20日発売号は、「生命保険の罠」を特集。コロナ禍の不安に踊らされない生保のリテラシーを紹介している。

かんぽの不正の蔓延は第2次世界大戦前にまでさかのぼる。かんぽが2017年10月に刊行した『簡易生命保険誕生100周年史』には、「1937年の日中戦争勃発以降に大都市での不正募集が蔓延するようになった」(86ページ。一部要約、以下同)と書いてある。それは「専業募集員による募集競争が繰り広げられた結果」だと指摘している。

この『100周年史』によれば、戦後の高度成長期にも簡易保険の不正募集は蔓延した。「外務員の販売テクニックとして『話法』が開発促進された。『話法』が1960年代後半の契約急伸をもたらしたが、不適切話法の行き過ぎが問題視されるようになり、マスコミでも国会でも取り上げられた」(同書240ページ)ほど全国的な問題と化した。

半世紀前に開発済みだった「乗り換え話法」

「話法」の詳細は35年前に刊行された内部告発本『簡易保険・悪の構図』に書いてある。著者は元郵便局員の灘文夫氏。現在、版元に在庫はなく、著者の存否も不明だ。「読んだことがある」という局員に遭遇したことはなく、局員の間で伝説のように語られる、いわば幻の告発本である。

昨年6月に大量発覚した不正募集の代表例は「乗り換え話法」だ。郵便局員が募集手当(通称ボテ)目当てや営業目標の達成のために、既存の保険契約を解約して新たに契約を結び直すものだ。

乗り換えを促す話法として、「乗り換えたほうが節税になる」と持ちかける「節税話法」などさまざまな話法が開発されていったが、灘氏が局員になった1960年代初頭にそれらの話法がすでにあったことが、灘氏の告発本によって裏付けられている。国家公務員だった局員によって全国で広く行われ、旧郵政省(現総務省)も熟知していた悪事だった。

この告発本によれば、1980年代前半にも不正が蔓延した。このことは前述の『100周年史』に記載がないが、旧郵政省は優績者(=営業成績が優秀な局員)らを霞が関に呼びつけて「二度と不正募集をしません」との誓約書を書かせた。不正の温床となった、毎朝恒例の喫茶店での営業成績が優秀な郵便局員ら「軍団」による作戦会議も禁止となった。

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