8人の大混戦となるWTO次期トップ選挙の行方 韓国も立候補するが日本は人材が乏しく傍観

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――韓国の兪氏が立候補していることで、「彼女が事務局長になれば日本に不利になる」との見方が日本で広がっています。昨年8月に日本が韓国に対する輸出制限措置を行ったことで、韓国側がWTOに提訴していることもありますが、事務局長の出身国で有利・不利という裁定が下される可能性はあるのでしょうか。

われわれ専門家からすれば、もはや都市伝説のたぐいです。個別の事件の判断に事務局長が介入するといったことは、パネルの独立性に鑑みてあり得ません。

唯一あり得るとすれば、事務局長裁定でパネリストを決めるところで韓国に有利な判断をしそうな人選をすることはできる、と言えるかもしれません。しかし、スケジュールからして日韓紛争のパネリストは新事務局長の就任前に決まるでしょうし、選ばれたパネリストも、判例もありますし、またその後の個人の評価にかかわりますので、おかしな判断を避けるでしょう。

一般的に、WTOは「加盟国主導(member-driven)」で運営される組織ですから、事務局長による、全体の利益を代弁しない政治介入は許されません。仮に新事務局長に主要加盟国である日本を敵に回す不合理な言動があれば、日本のみならず他の加盟国からも信頼を失い、自らの首を絞めることになります。

日本から立候補者がなぜ出ない?

――日本からも立候補者が出てもよかったのではないでしょうか。

正直なところ、日本の人材難が否めません。「どの国とも等しく対話できる中立性が日本の一番のウリ。率先して自由貿易を救う発想があってよい」という意見もあります。そのため、WTOの上級委員会に関する問題や三極貿易大臣会合でアメリカとEU間の仲介役を自認する日本こそ、今回は候補者を擁立するうってつけのタイミングだったと思います。

しかし、問題がいくつかあります。一つは言葉の問題です。行政機構のトップを務める以上、加盟国相手にニュアンスを伴うきわどいやり取りが自在にできて、かつ大量の公文書を処理する英語力が求められます。また、WTOの公用語であるフランス語やスペイン語の素養も必要です。となると、日本からの候補者は相当限られてきます。

さらに、通商法や通商政策に関する知見も必要です。日本の学界や経済界、法曹界では、国際通商に明るい人材のプールが小さいのが現状です。知見の蓄積もありません。

となれば、人材はどうしても官界、特に外務省や経済産業省出身者に偏らざるを得ません。現職のアゼベド氏に匹敵する次官級経験者となると、例えば環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉の主席交渉官を務めた鶴岡公二氏(元外務審議官、駐英大使)のような人材でしょう。

閣僚経験のある政治家となれば、さらに厳しくなります。日本では一般的に当選回数が重視され、かつ閣僚が比較的短期で交代することから専門性が育ちにくい。加えて、全般的に国会議員の国際・外交経験が乏しいとも言えます。また、日本の政治家は農業貿易以外の通商政策には深い関心も造詣もなく、通商分野でこれは、という人材が思い当たりません。

強いて言えば、英語に強く米国離脱後のTPP11や日米貿易協定を妥結に導いた茂木敏充外相ぐらいでしょうか。ただ、茂木外相は首相候補の一人でもあり、このレベルの人材はWTO事務局長といった職には関心がないでしょう。

こうした人材難は、事務局次長や部長級の幹部ポストさえ日本が取れないことにも現れています。ちなみに中韓はこうした幹部職員を輩出しています

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