「ミウラ」がたった5年で生産中止になった理由

スタンツァーニが語るブランディングの失策

「たしかにレースでフェラーリを打ち負かしてやろうと、フェルッチョが考えていたのは事実だ。しかし、実際にクルマを作り始めてみると問題点ばかりで、レースなどやっている場合ではなかった。それが大きな理由だが、実はある人物からの真摯な助言も大きかった」と。

その人物とは、ジオット・ビッザリーニであった。

フェラーリで「250GTO」をはじめとする名だたるスポーツカーの開発を担当した彼は、当時コンサルタントとしてランボルギーニの自動車事業に関わり、V12エンジンの開発も彼が行っていた。そのとき、フェラーリでの体験を基に、フェルッチョへレースへの参加がいかに大変で企業を疲弊させる大きな原因となるかを説いたというのだ。

そんな経緯から、フェルッチョはポジティブな社訓として、“あえて”レースへは参加しないと説いた。これも、フェルッチョ流のフェラーリに対抗するブランド、ランボルギーニとしてのプレゼンテーションであった。

ミウラが抱えていた構造的な問題

さて、ミウラの抱えていた問題点の1つは、横置きレイアウトエンジン独特の挙動がそのハイパワーによってより明確になってしまったことであった。

どうチューニングしても、市街地のドライブではトルク変動がはっきりと出てしまい、ぎくしゃくした。さらに横置き多気筒エンジンは、その調整が非常に難しかった。うまく運転するためには運転の腕も必要であったし、プロフェッショナルなメンテナンスも必要であったのだ。

もう1つの問題は、前述の快適性である。

横置きV12という特殊なレイアウトゆえ、課題も多かった(写真:ランボルギーニ)

クランクシャフトから発生した動力をギアボックスへと伝達する機構が大きなノイズを発生したのだ。それが、運転席のすぐ後ろにあるのだから、耳障りなことこのうえない。また、フロントにあるラジエーターから背中にあるエンジンを繋ぐパイプには熱湯が絶えず流れているから、室内は蒸し風呂のような状態になってしまった。これではユーザーからのクレームは必至である。

しかし、彼らはあきらめることなく、問題点を必死に改善していった。発売してからもその開発は絶え間なく継続され、「ミウラS」「ミウラSV」へと進化していった。SVが誕生する頃には、皆が太鼓判を押す素晴らしい完成度となっていたのだ。

「このような大きな反響を呼んだ名車が、たった5年で生産終了し、750台あまりしか作られなかったのは不思議ではないか」と前回書いた。最終的にはほぼ解消されたものの、このような欠点が災いして早期に販売終了となったのか、と思われるかもしれないが、それは必ずしも正しくない。そこには「ランボルギーニ・ブランドとしての問題があった」と、スタンツァーニは証言してくれた。

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