具体例を上げよう。石原伸晃幹事長(当時)は2012年、報道番組で「ナマポ」という言葉を使ったあげく、「『(生活保護を)ゲットしちゃった』『簡単よ』『どこどこに行けばもらえるわよ』。こういうものを是正することはできる」と発言した。
ナマポとは生活保護の蔑称であるネットスラングだし、内容的にも簡単に不正受給ができるかのような誤解を招きかねない。“不正受給者”がなぜ女性言葉なんだというツッコミは脇に置くとしても、生活保護に対する歪んだ価値観が丸わかりになる失言である。
同じ時期、世耕弘成参院議員も雑誌で「生活保護受給者の権利が一定程度制限されるのは仕方ない」という旨の発言をしている。片山さつき参院議員も雑誌の対談や講演で「生活保護は働けるのに働かない人々を生み出す」「不正受給こそが問題」といった主張を繰り返してきた。何よりこの間、生活保護は恥という世論を作り出し、それに乗じて複数回にわたって生活保護基準を引き下げてきたのは、自民党ではなかったのか。
本連載でもすでに書いたが、生活保護の問題は不正受給ではない。生活保護を利用する権利がある人のうち、実際に利用している人の割合である「捕捉率」の低さである。これはデータが明確に示している事実だ。
あらためて反論したい。生活保護を利用する人々を差別と偏見にさらし、スティグマを植え付けたのは自民党ではないのか。
話をヤスユキさんに戻す。
私にはヤスユキさんにもう1つ聞いてみたことがあった。かつてダウンタウンの松本人志さんがテレビ番組で、ネットカフェで暮らす人々について「ちゃんと働いてほしい」「(ネットカフェを追い出されて)路上なら頑張るんじゃないか」などと発言したことについてだ。
「ネットカフェ難民は努力不足」と思っていたが…
番組では、東京都の調査でいわゆる「ネットカフェ難民」が約4000人に上ることがわかったというニュースを取り上げた。調査では、そのうち75%が派遣やパートなどの不安定な働き方をしていることや、ネットカフェ以外の路上やファストフード店などでも寝泊まりしていることも報告された。まさにヤスユキさんが経験したとおりの実態である。
ネットカフェ難民は路上に追い出せと言わんばかりの松本さんの主張はおおいに問題なのだが、ヤスユキさんは一連の発言を知らなかった。私がかいつまんで説明すると、複雑そうな表情でこう語った。
「実態を知らずに想像だけで話すから、こんな上から目線のコメントになっちゃうんですね。でも、自分も以前はネットカフェ難民なんて努力不足だからなるんだ。(アパートを借りるための)初期費用くらいちゃんと働けばすぐ貯められるだろって思ってました。そのときはまさか自分がネットカフェ難民になるなんて思ってもいませんでしたから……」
ヤスユキさんは現在、東京都の支援事業を利用して都内のビジネスホテルで暮らしている。「(支援団体の)助けてくれた人たちに再起した姿を見てほしい。今度は自分がちゃんと税金を払って本当に困っている人に生活保護を使ってほしい」。そう言って、単発の仕事を見つけては、出かけていく日々だ。
取材後、私のLINEに「必ず1歩ずつ前進し、人生の新しい1歩を踏み出します」というメッセージとともに、半紙に筆で書をしたためる動画が送られてきた。
書かれていたのは「決心」。迷いのない、堂々とした筆遣いだった。取材中、私が生活保護のことばかり尋ねたことへの、彼なりの意思表示なのかもしれないと感じた。
たしかに生活保護を利用するかしないか、決めるのはヤスユキさん自身なのだろう。コロナが収束し、仕事を再開し、今度はアパートを借りる──。そう語るヤスユキさんの希望が決して夢物語ではないことを信じたい。
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