「煮え切らぬ男」と5年かけ結婚した彼女の戦略 「居酒屋好き」同士が歩んだ長い長い道のり

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本連載の取材をしていると、義行さんと同じような経緯と感想を聞くことが少なくない。晩婚さんには若い頃は仕事や趣味に夢中で結婚願望が低かった人が多いのだ。両親が不仲だったので結婚自体にいい印象が持てない、と明かす人もいる。しかし、ほどよいパートナーと巡り合うと、心配していたような不自由さはなく、むしろ意外な面白さや平安を見出したりする。瑠璃子さんのほうも日々の意外性を楽しんでいるようだ。

「彼が『ええもん、もらってきたぜ~』とニコニコして帰ってきたりするんです。それが袋いっぱいのパンの耳だったり。そう来たか!と楽しくなって工夫して食べたりしています。親や実家のことを相談できる相手がいるのもいいですね」

瑠璃子さんと義行さんはともに出版業界でフリーランサーとして働いている。他人から見れば同業だが、扱うジャンルが異なるために競い合って衝突する心配はない。日中はそれぞれの仕事部屋にこもって働き、洗濯も別、家賃や光熱費はすべて折半。そして、晩酌して寝るときだけ一緒になる。

「人生は上々だな」

あれだけ結婚に躊躇していた義行さんだが、少なくとも瑠璃子さんとの結婚生活には向いていたようだ。瑠璃子さんに干渉は一切せず、怒ったりストレスをためたりしている様子を見せたことは一度もない。

「彼は他人に興味がないからだと思います。今日のように私が1人で飲みに行くことにも何も言いません。自分が食べたいものを食べられたらそれでいい、という人です。食べたいものも鍋ぐらいなので、私も余裕で合わせられます」

そんな義行さんだからこそ、構われすぎるのが苦手な瑠璃子さんも「1人でいるときと同じぐらい楽」と感じている。

「彼は私のことを好きだなんて言ったことは一度もありません。『感じがいい』が今までに聞いた最大の褒め言葉です。でも、晩酌をしているとたまに『人生は上々だな』なんてつぶやくんです。私のほうから『人生は?』なんて聞くと、『まずまずですな』と返されたりしますけどね」

筆者も晩婚で、「結婚とは晩酌だ」と感じているので義行さんには大いに共感する。学生時代は居酒屋でアルバイトとしていた妻につまみを作ってもらっている間に、筆者は食卓を整えて、今夜の酒を選ぶ。そのときに無上の幸せを感じるのだ。人生のゴールは将来のどこかではなく、自宅のテーブルの上に毎晩あることを結婚で知った。

一般的な婚活では、「今日がいちばん若い日」だと背中を押されて、一刻も早く結婚相手を見つけて婚姻届を出すことを推奨される。子どもを産み育てることを計画するならば正しいだろう。しかし、瑠璃子さんと義行さんの夫婦のあり方を見て、違う道もあると感じている。若い頃は1人での生活を満喫したからこそ、人生の後半を誰かと分かち合うことをしみじみと楽しめるのかもしれない。

大宮 冬洋 ライター

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おおみや とうよう / Toyo Omiya

1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリングに入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。著書に『30代未婚男』(共著、NHK出版)、『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ともに、ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代の幸せのつかみ方』 (講談社+α新書)など。

読者の方々との交流イベント「スナック大宮」を東京や愛知で毎月開催。http://omiyatoyo.com/

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