(第28回)いつの間にかのスリム法・その6

山崎光夫

 あるとき、親しい医者から、
 「人がテレビをみているとき、1分間に何回呼吸してると思うね」
ときかれた。
 呼吸の回数を気にかけた経験も、数えた体験もないので答えようがない。
 首をひねっていると、
 「今度、観察するといい。10回を割り、4~5回に減っている」
という。調べてみると、ふつうヒトは1分間に16回前後呼吸するという。
 当たり前ながら、ヒトが生きるには、何をするにも呼吸、つまり、酸素が必要である。その酸素は血液によって全身に運搬される。

 ところが、テレビや読書、映画、演劇鑑賞、車の運転など、何かに集中していると、呼吸数は少なくなり、1分間に10回を割り、ひどいと4~5回に減るという。現代人はずいぶんと息を殺しているのだ。
 特に、受験勉強や会社の会議などは、緊張を強いられて正常な呼吸が失われがちだから、注意する必要がある。

 また、テレビゲームや携帯ゲームなどに夢中になっていると、4~5回は当たり前で、さらに呼吸数は減る。「睡眠時無呼吸症候群」ならぬ、“日常活動時無呼吸症候群”に陥っている。これを長期間続ければ、脳に支障をきたす可能性は高まろう。
 ここまで来なくても、呼吸数が少なくなると気持ちも塞ぐので、うつ状態をもたらす。

 私が呼吸について感じるのは、ヒトはつくづく息を吸うのは得意で、吐くのが苦手だという点。それを実感したのは、プールで泳いでいるときである。まだ泳げないクロールを自己流に練習しているとき、空気を吸うことばかり考えて水面から顔をあげていた。ところが、あるとき、意識して息を吸わなくても呼吸はできる、むしろ吐くほうを意識したほうが泳げると気づいた。
 「吸気」は一瞬にして終わる。吸うほうは無意識に体が自然に対応するのである。この“法則”を知ってからたちまちクロールが泳げるようになった。

 さて、その水泳選手であるが、体つきは例外なく贅肉がない。水泳という全身運動は血液が自然に全身に行き渡り、同時に、酸素が全身に運ばれる。酸素が上手に行きわたっている体はスリムなのである。
 この点に注目した私は、普段の生活でなるべく、「息を殺す」「息をつめる」をやめ、できるだけ深呼吸するように心がけた。
 呼吸を大きくする深呼吸は、脳内のセロトニン神経を活性化させる。座禅やヨガ、気功などは精神統一と呼吸法をともに重視して健康を図っている。

 さらに、意識して深呼吸できるのはヒトだけである。
 犬や猫に深呼吸を躾けようとしても不可能である。ヒトの特権である深呼吸を日常生活の中でできるだけ活かそうではないか。

 人は、オギャーと息を吐き出して生を得、息を引取って(吸って)死去する。考えてみれば、長い人生も1呼吸である。
 呼吸こそ我が命であり、スリムさえいつの間にかもたらす。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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