なぜこんな格好なのか。それは、これがイギリスの保健当局による指針だからだ。長袖ガウンが適用されるのはICU、もしくは病棟内でも吸引などハイリスクの高い医療行為のときとされている。
この指針では、PCR検査も心肺蘇生の心臓マッサージも「感染ハイリスク行為」とみなしていない。イギリスのマット・ハンコック保健相が「PPEは必要に応じて適切に使用すること。過剰な使用はPPE不足を招く」と何度も公言している。
だが、新型コロナ患者への医療行為や感染疑い患者のPCR検査をするときのPPEとして、半袖制服にノースリーブのエプロンを推奨する先進国が、いったいどれくらいあるのだろうか?
他国と大きな隔たりのあるイギリスのPPE指針に関しては国内の医療現場からも批判が起きている。実際にWHO(世界保健機関)の新型コロナ感染に関わる医療者のPPE指針の水準をはるかに下回っているとのことで、イギリスでは医師が国を相手に訴訟を起こしている。筆者自身もこのPPEではいつ同居する夫と子どもたちを感染させてしまうか、といつも不安を抱えて任務に当たっていた。
亡くなった場合は6万ポンドが支払われる
また、イギリスNHSの医療従事者には危険手当などは1円もつかない。イギリスの主な医療を占めるNHSは今でも半国営ということもあり、特別手当がついたり、ましてそれを主張したりするような風潮はない。それなのに、業務命令として新型コロナ感染の前線に招集されれば、医療従事者には基本的に拒否権はないのだ。
私たちが仕事をするのはお金のためではけっしてない。それならもっとほかに割のいい仕事がたくさんある。でもパンデミックのときに前線で働く医療者には「危険を冒して仕事をしてもらっている」という気持ちの表れで金銭が支払われることで、働く側の気持ちは、少しは救われるのではないかと思う。毎週木曜日午後8時にイギリスで一斉に行われる、NHS職員への拍手タイム以上のことを、政府がしてくれると報われる気持ちになる医療従事者は多いはずだ。
それでは、前線にいる医療従事者が死亡した場合はどうなるのだろうか? 家族に6万ポンド(およそ800万円)が見舞金として支払われることが、4月にハンコック保健相から発表された。組合等は「ある程度は評価する」とコメントをしているが大黒柱を失った家族にとってこの金額ははたして十分か、との議論がある。
金額は一律で、上級医師などでは年収の半分にも満たない。仮に死亡した職員がNHSの年金加入者であれば、遺族年金が支払われるが、その金額もそれほど大きくないとされている。また、ある調査では、NHS職員の25%ほどがNHS年金加入から脱退していることもわかっている。
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