ここでカギになるのは、実質成長率から資本および労働の投入量の増加による伸び率を差し引いた「全要素生産性(TFP)」だ。技術の進歩や生産の効率化など、資本や労働の量的変化では説明できない部分の寄与度を示す概念である。
報告書の分析では、08年のリーマンショックまでの10年間は平均3.51%あったTFPが、リーマン後の10年間は1.55%に低下した。
TFPを高めるための処方箋としてリポートで示されたのが、以下の改革案だ。①土地や労働力や資金などの資源を効率的に配分するための規制改革、②先進技術やイノベーションの普及を加速させること、③新技術や新発明によって中国の生産力を引き上げること、の3つである。
4月に発表された新方針は、①について大きく踏み込むものだ。土地に関しては都市と農村をまたがり統一的な土地市場を設立する。これにより、農地の活用が加速される。
労働力については、すでに緩和が進んでいる農村戸籍者の都市への転入規制の緩和が一層進む見通しだ。
これまでは農村の土地が売買できなかった結果、出稼ぎに行った後は農地が荒廃したままになる、大規模な農業経営ができない、といった弊害があった。また地方政府による収用の際も市場価格が存在しないために不当な安値で召し上げられるといった実態があった。一方で農村に土地があれば失業しても生活ができるという意味で、出稼ぎ農民にとって最後のセーフティネットになっている面もあり、農地を市場メカニズムに組み込むことには慎重な見方もあった。
非常時だから改革に踏み出せた?
習近平政権は発足間もない2013年に「資源配分には、市場に決定的な役割を果たさせる」という方針を打ち出していたが、ほどなくして国有企業を重視して政府主導で産業を育成する路線に転換した。そうした経緯があるだけに、コロナ禍という「非常時」に乗じる形で市場原理重視派の主導で抜本改革を進める機運が高まっているのかもしれない。かねてからの懸案だった「成長率目標廃止」が実現したのは象徴的な出来事だ。
世銀との共同報告書の存在が示すように、このグループには米国との対話チャネルがある。国有企業優遇の見直しといった点で、米国からの批判と通底する問題意識を持つ人々だ。米国との貿易交渉で外圧がかかっているときに改革に踏み出せば「売国的」といった批判を反対勢力から浴びやすいが、対決姿勢が明確な現状ではかえって動きやすいのかもしれない。
にっちもさっちも行かなくなった米中関係を打開するためにも、中国が市場経済のパートナーになりうる可能性を示すことには大きな意味がある。しかし今回の全人代では香港での反政府デモを抑え込むための法律の制定など、さらに共産党による統制を強める動きも目立つ。政治面で統制を強化しつつ、経済面で市場原理による改革を志向することが現実に可能なのか。5月28日まで続く全人代での議論に目を凝らす必要がある。
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