長患いのお年寄りが病院を追い出される

35万床の「長期入院ベッド」が5年後までに6割削減


 “やらずぼったくり”はもちろん、医療行為があまり行われない療養病床が医療費を食い潰している。それなら、医師・看護師の人数を減らし、介護保険管轄の老健、あるいは民間の有料老人ホーム等へ業態転換すれば、医療費削減の特効薬になる--。これが国の考え方だ。手始めに昨年7月、医療療養病床の入院患者を、医療行為の必要度に応じた「医療区分」に分類。そのうえで、病院が受け取る診療報酬を重症患者は高く、軽症はうんと安く設定した。

「この結果、生き地獄と姥捨て山が生まれている」。八王子市にある上川病院(介護療養病床)の吉岡充理事長は警告する。「療養病床として生き残るために、人工呼吸器を10台も20台も買って、重症患者だけを集め出した病院が増えている」というのだ。重症患者を長く入院させれば経営は安定するが、「患者は胃ろうの管をつながれ、人工呼吸器につながれ、延命措置を講ぜられる。まさに死ぬ前の生き地獄だ」。

逆に、あえて軽症患者を集めるところも出現している。「回転率を上げて営利を追求するこうした悪徳有料老人ホームでは、患者は劣悪なケアや虐待に近いことをされ、あるいは放置され、死を待つばかり。新しい姥捨て山だ」(吉岡理事長)。短兵急な制度変更のツケが、患者に回っている。

在宅医療は未整備 「不明死」が増える?

国はもう一つの医療費削減策として、重症患者を診る急性期病院に対して入院日数短縮を迫っている。短縮するほど診療報酬が高いため、病院としても長患いの患者は退院させたい。従来は療養病床が受け皿だったが、今後は、自宅へ直帰させ、在宅医療で診るケースが増える。

徳島市にある博愛記念病院(医療療養病床)の武久洋三理事長は懸念する。「高齢者はどんな病気でもすぐには完全に治らない。むしろ、寝てばかりで足腰が弱る。無理やり帰しても、本人は動くのがおっくうで寝てしまう」。開業医が往診に来ても、血圧を測って具合を聞く程度。そもそも在宅医療を担う医師の数が足りない。実際は家で寝たきりとなり、悪化すれば救急車で急性期病院に運ばれ、落ち着いたら自宅へ逆戻り。患者と家族が疲弊していく。

「高齢者の1日は若い人の1週間に相当し、初期の治療が予後を大きく左右する。しかし、特養には常駐する医師がいない。老健は夜間、医師がいない。急性期病院も変革期にもある今こそ、療養病床の重要性は増している」(武久理事長)。

実は、療養病床ではない中小の一般病院にも長期入院するお年寄りは多数いる。武久理事長はその数を20万床と見る。医療費削減の矛先は遠からず、彼らにも向けられるだろう。「現在の軽症患者を介護施設に移しても、すぐ次の津波が来る。療養病床のキャパシティを持っておかないと困るのは厚生労働省ではないか」(同)。

一方、5年後廃止が決まった介護療養病床では失望が広がっている。

浜松市にある湖東病院の猿原孝行院長(和恵会理事長)は「過度な治療は高齢者にとって幸せではないし、『年だから仕方ない』も行き過ぎ。介護療養病床こそ、医療と介護が両立できる制度だと信念を持ってやってきた」と憤る。急性期病院からの患者受け入れが多い同院は、回復期リハや緩和ケア、一般病床等を組み合わせた新病院へ転換する考えだが、大多数の介護療養病院は、老健や有老ホームへ看板替えを迫られる。

「いちばんの懸念は、今後“不明な死”が増えることだ」。猿原院長は言う。療養病床では医療・介護の別にかかわらず、医師が死因の根拠をすべて把握し死亡診断書を書いている。心電図をとりレントゲンを撮り、肺炎なら痰を調べて原因菌のデータを立証する。が、「医師が少ない老健、ましてや往診に頼る有老ホームから夜、呼び出されて『死亡診断書書いてくれ』と言われてもちゃんと書けないよ。すると、死因が特定できない死は増える」(猿原院長)。

国は追加措置として「医療機能強化型老健」の創設を打ち出したが、これも、他老健の医師が待機したり他医療機関の医師が夜間往診するという“付録”がつくにすぎない。

祖母を乳ガンで亡くした孫娘は、自分がガン年齢になれば、自然に触診したり健診に行くようになる。「『ばあちゃんは何で死んだかわからない』のでは、医療知識の継承が途絶える。死を軽んじるということは、生命を軽んじる風潮につながるのです」。猿原院長には来るべき灰色の時代がもう、見えている。
(週刊東洋経済07年9月8日号より)

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