今こそ「両利きの経営」が切実に問われる理由

ポストコロナのイノベーション論はこれだ

「両利きの経営」(ambidexterity)とは、1991年に誕生したイノベーション論の重要知見で、本書の著者の2人を筆頭に、多くの分野で研究が繰り広げられてきた。日本の学術界では「双面性」などと訳されていたが、早稲田大学教授の入山章栄氏が「両利きの経営」という訳語を当てて発信したことで、ビジネス界にも広く知られるようになった。

イノベーション論の「定番」であるクレイトン・クリステンセン(ハーバード大学教授、今年年初に逝去) の『イノベーションのジレンマ』よりもまず本書を推す理由は、クリステンセンの本はイノベーションの本来的な困難さをメカニズム的に解明するのが主たる内容である。

これに対し、オライリーとタッシュマンの本は原題(Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma)も示すとおり、イノベーションの困難さを克服する方法に大きく焦点を当てているものだからだ。

イノベーションの必要性をすでに所与だと理解している経営者であれば、豊富な具体例とともに方法論を論じた『両利きの経営』のほうが、有用性をより直接的に感じやすいだろう。

そもそも「イノベーション」とは何か

「イノベーション」をもたらすためには、イノベーションの正体をまず理解しなければならない。一般的に誤解されがちではあるが、実はイノベーションは「技術発展」とは異なる概念である。

イノベーション(革新)の概念を生み出したのは経済学者のヨーゼフ・シュンペーターで、1912年に刊行された『経済発展の理論』で披歴されている。

少し解説すると、資本主義を存続させるファクターとして、19世紀初頭に古典派経済学の祖であるリカードは比較優位説を根拠にした自由経済下の「分業」に見いだしたが、マルクスがそれを継承しながら否定、資本主義の利潤は労働者からの搾取から成り立っておりその減少から資本主義は早晩行き詰まると主張し、ポスト資本主義として「共産主義」による計画経済を存続可能なものと考えていた(マルクス経済学による主張)。

そのマルクスの論考を論破したのが当時28歳のシュンペーターで、資本主義経済存続の条件は「イノベーション」であると論じた。経済が改善や洗練によって合理化していくと長期的には超過利潤がゼロになるという世界観はマルクスと共有しながらも、絶え間ないイノベーションがその淵から私たちの経済を救っているのだと主張した。

つまり、イノベーションは、技術的改善や合理化とはそもそも異なる概念なのである。和訳ではよく「新結合」と訳されるが、それまでの製品や技術を改善するのではなく否定する「新しい何か」なのだというのがその定義となる。

時代は下って1997年、そのイノベーションの今日的な特徴と現象的メカニズムを論じたものとしてクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』が登場する。クリステンセンはイノベーションの特徴を「ディスラプティブ」(disruptive)と表現する。和訳には「創造的破壊」が当てられるが、先ほどのシュンペーターの議論とあわせてみれば、その意味もより明確に理解できるだろう。

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