「自粛と補償はセット」議論で必要な3つの要点 政府が固執する「自粛と補償は別」は正しいか

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第三のポイントは、「正当な補償」とはいかなる金額のことを言うのかという点である。

これについては、完全補償説(当該財産の客観的な市場価格を全額補償)と相当補償説(当該財産について合理的に算出された相当な額であれば市場価格を下回ってもよい)の二つの考え方がある。

損失補償制度は、適法な権力の行使によって生じた損失を個人の負担とせず、国民の一般的な負担に転嫁させることを目的とする制度であるとされるので、完全補償が原則である。相当補償は、ある種の財産権に対する社会的評価が根本的に変化し、それに基づいて、その財産権が公共のために用いられるという例外的場合に使用されると考えてよいと言われている。

では、今回の特措法に基づく飲食店等に対する営業自粛要請が、完全補償の場合と相当補償の場合のどちらにあたるのであろうか。

新型コロナの感染が拡大し、特措法に基づく緊急事態宣言が出され、それが飲食店等だけにとどまらず、広く国民の行動、企業活動に多大な制限を課していることを勘案すると、飲食店等の営業権に対する社会的評価が根本的に変化した場合と言えるのではないかと筆者は考える。

となれば、完全補償は必要ではなく、相当補償で足りることになろう。

では、その相当補償とはどの程度の金額になるのか。

テレビ番組のコメンテーターの間では、売上補償が必要だという意見が多いようであるが、売上の減少額を全部補償することが必要だという結論にはならないだろう。

今回のような事態で憲法29条3項に基づいて補償請求が行われた事例はないので、どこまで認められるかは裁判所の判断を待つしかないが、相当補償であるから、売上減少額の一部でも問題なしと判断される可能性が高い。

政府の対策として、売上高が前年同月比で50%以上減少した中小企業に対して支給する持続化給付金等の制度が用意されているので、すでに相当額の補償があると判断されるのではないかと思われる。

持続化給付金の支給により相当補償が行われている

以上のように、筆者の個人的見解ではあるが、休止要請が出た対象施設については、相当額の損失補償が憲法上認められるが、営業時間の短縮を要請された一般の飲食店については、損失補償は認められないのではないかと思われる。

そして、損失補償が認められることになる対象施設については、すでに持続化給付金により相当補償が行われているという結論になると考えられる。

従って、自粛と補償はセットであるという見解は、休止要請が出た対象施設には相当補償を受けることができるという範囲で正しい(ただし、持続化給付金を超える補償が与えられるものではないであろう)が、営業時間の短縮要請を受けただけの一般の飲食店にはあてはまらないのではないかと思われる。

植田 統 国際経営コンサルタント、弁護士、名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授

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うえだ おさむ / Osamu Ueda

1957年東京都生まれ。東京大学法学部を卒後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。ダートマス大学エイモスタックスクールにてMBA取得。その後、外資系コンサルティング会社ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PWCストラテジー)を経て、外資系データベース会社レクシスネクシス・ジャパン代表取締役社長。そのかたわら大学ロースクール夜間コースに通い司法試験合格。外資系企業再生コンサルティング会社アリックスパートナーズでJAL、ライブドアの再生に携わる。2010年弁護士開業。14年に独立し、青山東京法律事務所を開設。 近著は『2040年 「仕事とキャリア」年表』(三笠書房)。

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