ゴーンの生い立ちから日本脱出までのリアル 在日フランス人記者だから書けた事件の全容

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これがその後の、常軌を逸した資金工作へとつながっていく。著者2人が経済ジャーナリストということもあって、その資金工作の詳細や、それに気づいた日産の幹部たちの行動、相談を受けた検察の動きなども、本書ではわかりやすく、細やかに語られる。

本書の終わりにかけて描かれるのは、勾留を終えて保釈されてからのゴーンの動きだ。2019年の3月、逮捕からおよそ3か月後、10億円という巨額の保釈金を支払って作業員に変装して拘置所から出所しようとする。

この変装はすぐに見破られ、作業着姿のゴーンの映像は各メディアで報じられた。このときのゴーンの野獣のような鋭い眼光が、私には印象的だった。1か月後、別件で再逮捕されて拘置所に戻ったが、3週間後、裁判所が国際世論に配慮したのか、保釈が再び認められた。

本書では、日本の司法制度の問題点も度々取り上げられている。2020年4月に出版された「ヤメ検(元検察官)」の郷原信郎氏による『「深層」カルロス・ゴーンとの対話~起訴されれば99%超が有罪になる国で』(小学館)にもあるように、日本の司法制度、とくに検察庁のやり方には大きな問題があることがわかる。

この男、果たして白か黒か?

裁判前の「推定無罪」の原則が守られていないこと、勾留中の取り調べの際に弁護士が同席できないこと、一度起訴した事件は無理筋になっても自分たちの論理を押し通すことなどは、民主国家である日本にとって基本的人権を脅かす恐れのある問題だろう。

郷原氏の書籍は、法的な解釈や法制度上の問題に関する解説を除くと、事実関係はゴーンの言い分だけを基に構成されており、また基本的な視座も、日本の既存の文献に沿うものとなっている。

一方、2人の在日フランス人ジャーナリストによる本書では、フランス人はもとより、日本人、レバノン人など、ゴーンと関わりのあった数十人に、長年にわたってオフレコで丹念にインタビューすることによって、私たちの知らない話も含め、ゴーンの生きざまを如実に描き出している。

折について触れられる、フランス人の同僚たちの本音(例:非常に有能な男。プライベートで親しくなることは一切なく、仕事だけが接点)、銀行マンの証言(例:ゴーンの財テクはギャンブルそのものであり、リーマンショックで大負けするまでは勝ちまくっていた)、フランス世論(例:フランス人はゴーンのことをどう思っていたのか)はエピソードとして興味深い。

そしてゴーン本人の言い分(例:東京拘置所での接見)など、ゴーンに対して批判的な人々だけでなく、友人、親族、肯定的な人々、本人の証言も織り交ぜて「ゴーン物語」を紡ぎだしている。

真実は1つだとしても多面的でもある。2人の著者は、ゴーンは単なる悪人と切り捨てるのでも、検察が日産幹部の陰謀に便乗して暴走したという見方に納得するのでもなく、この迫力のノンフィクションにおいて、カルロス・ゴーンという男を見事に描写しているように思える。

日本脱出事件の余韻が残る2020年の1月中旬、私は東京の出版社でレバノン出張から戻ってきたばかりの2人の著者と会った。

著者たちの鋭い目つきと物腰からは、真実を伝えることこそがジャーナリズムの神髄という確固たる信念が伝わってきた。

ゴーン事件の真相とこの事件から得られる教訓に興味のある人は、ぜひこの本を手に取ってみてほしい。

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