コロナで死去、立石義雄さんが大切にした良心

オムロン名誉顧問の最強の武器は「愛嬌」だった

新型コロナウイルスに感染し、4月21日に亡くなった立石義雄さん。オムロン創業者、立石一真氏の三男として生まれ、47歳で社長に就任し、社長を16年、会長を8年務めた(撮影:今井 康一)

4月21日未明、大手制御機器メーカー・オムロン元社長(現名誉顧問)で、京都商工会議所前会頭の立石義雄氏死去(享年80歳)の訃報を耳にし、人を選ばない新型コロナウイルス感染の残酷さを思い知らされた。志村けんさんや岡江久美子さんといった有名芸能人の訃報が世間を悲しみに包む中、「とうとう有名経営者まで」との感がぬぐえない。

4月1日に倦怠感を訴え、2日に発熱。5日に肺炎が確認され、6日に新型コロナウイルス感染症の陽性と判定され、治療を続けていた。実に惜しまれる、あっけない最期であった。

今や、マスコミのインタビューに登場してくる経営者は80代でも元気な人が多く、世間一般でも「経営者=元気な人」といったイメージを持たれている。そのイメージどおり、立石義雄さんはまさに「元気印」をつけて歩いているような人だった。

自身が元気なだけでなく、いつも人を元気にしようと気を配っていた。自分が明るく振る舞っていなければ、周囲も暗くなってしまう。それでは申し訳ないという気持ちが心中にあったのだろう。

立石義雄さんはよく笑う人だった。それも豪快に。筆者は大学人になる前、長い間、ビジネス誌の編集に携わっていた。その仕事を通じて立石義雄さんに出会った。

筆者はニュースを追っかけることに精力の大半を費やしている記者や財務情報に重きを置くアナリストの価値観も重視している一方で、インタビューだけでなく懇談の席でも人の細やかな言動を観察し、潜在心理・思考を洞察するように心がけてきた。

「硬と軟」「静と動」「情と理」の両面を見せた

インタビューしていて毎回気づいた立石義雄さんのある特徴がある。限られたインタビュー時間の間、2つの顔を見せる芸風である。立石義雄さんは能楽を演じるかのごとく、「硬と軟」「静と動」「情と理」の両面を見せるのが「らしい」ところだった。

経営者ゆえに厳しさがないわけがない。一方、それとは真逆の親しげな顔も見せた。人なつこい表情になったとき、必ず大きな声で笑い飛ばし、一言冗談を口にするのがつねだった。

立石義雄さんは、亡くなる直前の3月末まで5期にわたり京都商工会議所会頭の重責を果たすとともに、京都の5つの花街の振興を目指す公益財団法人、京都伝統伎芸振興財団(通称おおきに財団)の理事長も務めた。挨拶代わりの言葉は「昼も夜も会頭」だった。

筆者はインタビューだけでなく、酒席を共にしたことが何回かあった。厳しい顔は消え、親しげな表情が溢れていた。

【2020年4月25日13時40分追記】関係者のプライバシーに配慮して初出時から記事の一部表現を見直しました。

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