「腐った肉が我慢ならない」感性は絶対重要な訳 白井聡が説く「資本制社会の外部」の必要性

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なぜこうした構造が生まれたのか、その「外部」を切り開くためにはどうすればいいか、それが『永続敗戦論』のテーマだった。

『国体論』は『永続敗戦論』の議論を踏まえ、日本の対米従属構造の特殊性を「国体」という視点から読み解いている。戦前の大日本帝国は「天皇陛下がその赤子たる臣民を愛してくれている」という命題に支えられ、それに応じることが臣民の義務であり、また幸福であるとされた。これが白井氏の言う「国体」である。

この国体は日本が戦争に敗れたことで消え去ったと思われた。しかし、戦前の天皇のポジションを戦後はアメリカが占めることで、国体は存続したのだ。

実際、アメリカがどれほど日本を愛してくれているかを強調する現在の日本は、天皇陛下がどれほど臣民を愛してくれているかを強調した戦前の日本に極めて類似している。

これが白井氏の議論である。『国体論』はこの構造をえぐり出すことで、国体を打ち破り、その「外部」に跳躍するにはどうすればいいかが模索された。

真の民主主義が切り開く「国体」の「外部」

『武器としての「資本論」』も同様である。白井氏はここでも「外部」にこだわっている。

白井聡(しらい さとし)/思想史家、政治学者、京都精華大学教員。1977年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。3.11を基点に日本現代史を論じた『永続敗戦論 戦後日本の核心』(太田出版、2013年)により、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞などを受賞。そのほかの著書に『「物質」の蜂起をめざして レーニン、〈力〉の思想(増補新版)』(作品社、2015年)、『国体論 菊と星条旗』(集英社新書、2018年)などがある(撮影:梅谷秀司)

それが端的にあらわれているのが、宇野弘蔵を批判した箇所だ。宇野弘蔵とは、日本を代表するマルクス経済学者である。宇野は資本論から革命の要素を取り除き、資本主義を分析する理論だけを抽出することで、ユニークな体系を作り上げた。

しかし、資本論から革命の要素を切り離すことなどできるのだろうか。白井氏によれば、マルクスのクリティカルポイントは「資本主義社会の歴史性」にある。つまり、資本主義には歴史的な起源があるということだ。始まりがあるものには、当然終わりがある。この視点がなければ、資本主義は永久に続き、その「外部」は存在しないということになってしまう。白井氏が宇野を批判するのはそのためである。

それでは、いまある世界の「外部」を切り開くためには何が必要だろうか。

『未完のレーニン』では、労働者階級の団結があげられている。真に団結したプロレタリアートたちは、資本主義社会に生きながら、資本主義が終わった後の世界を先取りすることができる。いわば未来が現在に侵入するのだ。これが資本主義の「外部」を生み出す鍵である。

『永続敗戦論』では、政治学者の河原宏の議論が引かれている。河原は先の戦争で本土決戦が行われなかったことについて、「日本人が国民的に体験しそこなったのは、各人が自らの命をかけても護るべきものを見いだし、そのために戦うと自主的に決めること、同様に個人が自己の命をかけても戦わないと自主的に決意することの意味を体験することだった」と述べている。

白井氏は「各人が自らの命をかけても護るべきもの」を見いだし、それを合理的な思考によって裏づけられた確信まで高めることが、異様な対米従属構造の「外部」を見いだすきっかけになると示唆している。

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