日本の金融政策偏重に副作用リスクあり 米コーネル大プラサド教授に聞く

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──現在の日銀は物価押し上げが任務だとしているが、賃金の上昇はまだそれほどみられない。日銀の政策だけで、2%のインフレ目標を達成できるだろうか。

「インフレはかなりの部分金融の現象であることは確かだ。しかし、日本において問題を難しくしているのは、総需要が依然として非常に弱く、供給面での制約が大きいことだ。実体経済が脆弱なままだと、インフレやインフレ期待を持続的に引き上げることは難しいだろう。日銀が他の政策の支援もないまま単独でデフレと戦っている、と人々が思ってしまえば、企業や家計の心理を下支えすることは難しいだろう」

さらなる緩和、他国との摩擦の可能性

──市場の一部では4月にも日銀が追加緩和するとの期待があるが、実際にそうであったとしても、市場へのインパクトは昨年の4月より小さくなるか。

「追加緩和があれば、市場が歓迎するのは間違いない。ただ、今の環境で追加緩和してしまえば、市場は他の政策を打つ余地がないために、日銀にしわ寄せがきていると解釈してしまうだろう。そうであれば、追加緩和の市場への影響は減殺されてしまう」

「もうひとつ問題となるのは、さらなる緩和は他国との摩擦を生じさせる可能性があることだ。アジアでは中国人民銀行が人民元上昇を抑えようと必死になっている。FRBがこのまま量的緩和を縮小していくだろう、というのも市場ではかなり織り込まれてきている。こうした環境で、日銀が積極的な緩和に動けば、安定してきたアジア新興国に再び資金が流入しかねない。そうであれば、為替市場をめぐる緊張が生まれるだろう」

──日銀は自らの大量の資金供給は、FRBの量的緩和縮小により引き揚げられるドル資金を埋め合わせる役割を果たすため、新興国にとって良いことだと解説している。実際はそういうことではないと考えるか。

「そうだ。そう都合よくいかない。日銀やFRBは自分たちの政策が自国経済にどういう影響を及ぼすかのみを考慮して政策運営すべきだ、と述べていて、実際彼らに与えられたマンデートからすればその通りだ。彼らの理屈によると、自らの政策が海外にどういう影響を与えるか、注意深く監視する義務も能力も持ち合わせていない。ただそうした見方は非常に狭い視野に基づいているため、新興国にとって望ましくないのは明らかだ」

──中央銀行が物価目標や与えられた責務を果たすうえで、為替市場の動向はどの程度考慮すべきか。

「日本では、供給側の制約が輸出による円安効果を減殺してしまっている。さらに、世界中で需要は非常に低い水準にある。その両方が相まって、経済成長を促す手段としての円安の効果はさらに小さなものになっている」

金融市場が好調なら総需要にプラスも

──中央銀行の資産買い入れが物価上昇に波及するメカニズムはどういうものか。実際に中長期のインフレ期待に影響を及ぼすことができるか。

「伝統的な経済学の考え方からすれば、総需要を刺激する経路で効くということだろう。インフレが金融的な現象との前提に立てば、日銀は伝統的な理論にしたがってこう期待している。つまり、市場に十分な流動性を供給すれば、やがて財・サービスの価格が上昇していくだろう、と。問題はそうした理論通りに経済が動いてはいないということだ」

「金融システムが正常に機能していないからだ。経済の先行きが不透明で、家計も企業も将来に対する期待が十分持てないため、消費や投資を増やさない。それが労働市場に作用し、雇用の停滞を招いている。金融政策のみで総需要を上向かせるのは困難だ」

「金融政策の波及経路として一つ確かに挙げられそうなのが、市場を通じての経路だ。中央銀行が金融市場を支援し、下方リスクを限定する意向があることを信頼に足る方法で示せば、金融市場にとっては素晴らしいことだ」

「金融市場が好調なら、資産効果が総需要にプラスに働く。(米国で)雇用が伸びないにもかかわらず消費が非常に力強いのは資産効果によるものだ。これが金融政策が経済にプラスの影響を及ぼし得るひとつの方法だ」

「しかし、こうした資産価格のチャネルに頼る方法は非常にリスクが高い。なぜなら供給側の問題を解決しないまま、金融市場のみが好調を維持した状態が長く続くと、金融市場と実体経済のかい離が広がってしまうからだ。これは良いことではない。資源の最適な配分につながらないし、特定の市場でバブルが破裂した際、様々な深刻な影響を及ぼしかねない」

(木原麗花 編集:石田仁志)

*インタビューは3月15日に行いました。

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