「iPad向けOffice」登場の大きな意味 巨人が取り組む2つの変化

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「レガシーに対するオルタナティブ」の構図

ご存じの通り、WindowsもOfficeも、日本で購入する多くのPCでは「プリインストールモデル」を選択することができる。ソフトウエアを別に購入してセットアップしなくても、あらかじめ使える状態にある。そのためか、ソフトウエアを使っているという認識すらないかもしれない。WindowsにしてもOfficeにしても、PCを買い換えなければバージョンアップされないという現象が起きているのだろう。

そしてユーザーは、iPhone・iPadやアンドロイドなど、WindowsもOfficeもない環境でのモバイルコンピューティングに触れ始めた。プラットホームが多様化することと、プリインストールされていないデバイスも利用するようになったことから、Officeへのロイヤリティの低下が懸念される。タブレットユーザーは長らくOfficeがない環境でも仕事をこなしており、「Officeなんかいらない」と言われ始める直前だった。

アップルは2013年9月以降、iPhone、iPadの新規購入者に対して、同社の文書作成アプリ群であるPages、Numbers、Keynoteを無料でダウンロードできるようにした。つまりiPadを購入すれば、ワープロや表計算、プレゼンテーションは、iPadに最適化されたアプリが利用できるようにした。今思えば、これはアップルからマイクロソフトへ向けて、「はやくiPad向けにOfficeを提供せよ」というメッセージだったのかもしれない。

筆者の実感として、Keynote以外はアップルのiWorkはOfficeの各アプリの代替とはいえない。しかしOfficeの機能を前提としない場合は、PagesのワープロもNumbersの表計算も、十分にその役割を果たしてくれる。機能が絞られている分、操作の流儀の違いを乗り越えればシンプルともいえる。

マイクロソフト(とアドビ)にとって、オルタナティブの脅威はアップルだけではない。

アップルがもつiPhone、iPad向けのApp Store、Mac向けのMac App Storeには、ドキュメント作成や仕事効率化、そしてクリエイティブ向けのアプリであふれかえっている。プロのデザイナーに話を聞くと、「アドビは基本的に使うけれど、用途に応じてアドビ以上に便利で簡単なツールが揃ってきた」とのことで、高級で高機能なソフトウエアよりも、価格が安く、シンプルで便利なアプリを組み合わせながら作業をするスタイルが現実的になっているという。

モバイル化、クラウド対応、そしてサービス型への移行、といったトレンドを押さえることは当然だが、より作業をシンプルにしたり、新しいことができたりすることに注力しなければならない。さもないと、「レガシー」の烙印を押され、オルタナティブにロイヤリティを奪われてしまう懸念は依然として残っている。

松村 太郎 ジャーナリスト

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まつむら たろう / Taro Matsumura

1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。著書に『LinkedInスタートブック』(日経BP)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、監訳に『「ソーシャルラーニング」入門』(日経BP)など。

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