専門家の予測をうのみにする人が知らない真実 専門分野や経験、学位は予測能力に関係ない
多くの専門家は、たとえ間違った結果を前にしても、自分の判断に本質的な欠陥があるとは決して認めない。一方で、予測が当たったら、それは完全に自分の実力であり、専門的な能力によって世界を解明できたと言う。
ひどく間違えたときには、もちろん状況は理解していたので、ある1つの事柄が違っていたら、自分が正しかったはずだと言い張る。あるいは、考えは正しかったが、時間が少しずれただけだと言う。勝利は完全な勝利で、負けはちょっと運が悪かっただけ。専門家はしょっちゅう間違えるのに、負け知らずだ。
テトロックは言う。「予測をする人が考える自分の予測能力と、実際の予測の成果の関係は、たいてい反比例になっていて興味深い」。
「テレビによく出る専門家ほど予測が外れる」
知名度と正確さの間にも「強い反比例の関係」があった。論説ページに予測が載ったり、テレビで取り上げられたりする確率が高い専門家ほど、予測が間違いである確率も高かった。
テトロックの初期の調査に、ソ連の未来に関するものがあった。専門家の中には、ミカエル・ゴルバチョフは真面目な改革主義者で、ソ連を改革し、連邦共和国の体制をしばらくは維持できると考える人たち(たいていはリベラル派)がいた。一方で、ソ連が改革されることはなく、そもそも非常に荒廃していて、連邦共和国としての体制が崩れつつあると考える人たち(たいていは保守派)もいた。
両陣営とも部分的に正しく、部分的に間違っていた。ゴルバチョフは実際に改革を実行し、世界に扉を開き、市民に力を与えた。しかし、その改革によって、ロシアの外側の共和国で積もりに積もっていた力が吐き出された。エストニアが主権を宣言したのに始まり、他の国々の力も強まってソ連は崩壊した。
どちらの陣営の専門家にとっても、ソ連の突然の崩壊は完全に予想外の出来事で、その点に関する彼らの予測は悲惨なものだった。しかし、専門家の中のある小さなグループが、何が起こるかをより正確に予測していた。
彼らは1つのアプローチだけに限定せず、両陣営の議論を吟味し、一見矛盾する世界観を統合していった。そして、ゴルバチョフが真の改革主義者であり、ソ連はロシア以外では正当性を失いつつあるという見解を持った。そうした統合的な見方をする人たちの中には、実際にソ連の終わりが間近だと予見し、真の改革がその触媒になると予測した人たちもいた。
統合的な人たちの予測は、ほぼすべてでほかの人たちの予測より優れていたが、特に優れていたのが長期の予測だった。
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