医師が子どもを「発達障害」と診断する難しさ 過剰検査や誤診・過剰診断が後を絶たない

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ニュアンスが読めない例としては、母親と友達と公園に行ったときに、お金を渡して「一緒に飲むために」ジュースを買ってくるように告げたところ、3本も買ってきてしまった。母親としては一緒に飲むのだから1本買ってくることを期待していたのに、母親、友達、自分にそれぞれ1本と誤解してしまったことを挙げています。

しかし、これも確かに母親の意図を正確に理解していなかったのですが、1人に1本ずつ買うという心配りの表れと見なすことができます。きっと他の人も飲みたいだろうな、という配慮が十分にできていたのです。

誤診・過剰診断はなぜ起こるのか?

なぜこのような誤診・過剰診断が起こるのでしょうか。推測でしかありませんが、いくつかの要因が考えられます。

1つは、自閉症のスペクトラム障害の行動評価スケール(M─CHATなど)の結果をそのまま診断として捉えるという、チェックリストの意味の理解が不十分であったことでしょう。

前述のように、こうしたチェックリストは有用ですが、そこで自閉症のリスクが高い得点を得たとしても、それが正しい確率は50%前後なのです。チェックリストでハイリスクと判定された場合は、時間をおいて再度チェックすることで、診断の確率が上がることが調査によって明らかになっており、複数回チェックを行うことが推奨されています。

チェックリストの最大の利点は、短時間でスクリーニングできることです。自閉症を始めとした発達障害のある子どもは多く、専門の医師や医療機関が不足しています。評判のよい専門の医療機関では、予約しても実際の診察が1年先、というような事態も起きています。

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私の外来でも、4カ月先まで予約が埋まっています。私が大昔に勤務したことのある有名な療育センターから、私も含めた発達障害を診る医師たちに、向こう2年間新患を紹介しないでほしいというハガキが届いています。皆さんは「なんだ、上から目線の冷たい医療機関だな」と思われるでしょうが、日に日に予約患者のリストが長くなり、最も早くても1年以上予約が先になってしまうことへの、臨床医としての良心から出た苦渋の判断であると思っています。

一日によりたくさんの新患を引き受けなければならず、1人の患者さんに割ける時間が短くなってしまったなどの事情が、チェックリストによる診断につながっているのではないでしょうか。

もう1つの可能性は、自閉症スペクトラム障害という診断名にあるのではないか、と考えています。これまでに複数の小児神経科ないしは児童精神科の医師に、私が過剰診断の事例について話をしていた時に、「スペクトラム(連続体)という広がりを示す診断名なので、基準のすべてが揃わなくても診断してしまう傾向があるかもしれない」と自らの診療姿勢について語っていました。

スペクトラムという診断名がついていますが、DSMの中には診断に必要な基本症状の数がきちんと書かれており、スペクトラムであるからそれらを満たさなくても診断してよい、といった規定はありません。

しかしこうした可能性を考慮しても、誤診は看過できません。一人の患者さんの誤診をもって、その医師の能力を云々するのは気が進みませんが、一部では発達障害の診療に携わる医師の質の低下があるのかもしれません。

榊原 洋一 小児科医師・お茶の水女子大学名誉教授

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さかきはら よういち / Yoichi Sakakihara

1951年東京生まれ。東京大学医学部卒、お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授を経て、同名誉教授。チャイルドリサーチネット所長。小児科学、発達神経学、国際医療協力、育児学。発達障害研究の第一人者。著書多数。現在でも、子どもの発達に関する診察、診断、診療を行っている。

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