医師が子どもを「発達障害」と診断する難しさ 過剰検査や誤診・過剰診断が後を絶たない

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現状、発達障害の診断は医師や専門家による問診が主ですが、その基準書は、アメリカ精神医学会が定期的に発行している「精神疾患の診断と統計マニュアル(DSM)」です。定期的に改訂され、現在は第5版が2012年に発行されています。

このマニュアルには、発達障害を含むさまざまな精神疾患の診断基準が書かれています。「統計」という言葉がタイトルに使われているのは、その疾患の特徴的な症状を複数提示し、そのいくつ以上が該当すれば診断してよい、という統計的な基準が示されているからです。

例えば注意欠陥多動性障害の診断は、DSMに記載されている、不注意に関する9つの行動特徴と多動・衝動性に関する9つの行動特徴のうち、不注意と多動の項目のいずれかで6つ以上が当てはまる場合につけられます。

アメリカの医学の教科書を見ると、例えば注意欠陥多動性障害の診断には、本人の学校、家庭、地域等における行動の現在の特徴と、過去の経歴をできるだけ詳しく調べて、診断基準と照らし合わせることと記されています。子どもの行動の特徴を評価するための質問紙(アンケート)も必要に応じて併用することも書かれています。しかし、特異的な検査や心理検査はないとはっきり明記されています。

多くの医師はこうした標準的な診断方式を踏襲しています。私は、外来を受診されたお子さんの発達歴、現在の行動特徴を知るために、親御さんと子どもをよく見ている教師や塾の先生に、上記教科書で推奨されている行動評価アンケートをお渡ししています。そして問診のうえ、診断するという方法を長年行ってきています。

実際の8歳男児の事例

ここで、私の診療所で起きた、最近の事例を紹介します。

●チェックリストと知能テストの結果から高機能自閉症という診断を受けた8歳男児

まず受診時の本人との対話から始めましょう。

私「今何年生?」 男児「3年生」
私「誕生日はいつ?」 男児「2月3日」
私「お母さんの名前は?」 男児「のぶこ」
私「お母さんの誕生日知っている?」 男児「11月8日?」
 母親から11月5日と直しが入る。
私「好きな科目は?」 男児「図工、音楽、体育」
私「では嫌いな科目は?」 男児「国語」
私「友達いる?」 男児は2名の友人の名前を言う。
私「好きな食べ物は?」 男児「卵焼き、タクワン」
私「大きくなったら何になりたい?」 男児「消防士」

ちゃんと私の質問を理解しているな、と思いました。ここで母親に受診の理由を聞きました。母親は、人の言うことが聞けない、ニュアンスが理解できない、宿題になかなか取りかかれないなどの理由で、医療機関を受診し、そこで高機能自閉症と診断されたのだが、今一つ納得できないために受診したということでした。

医療機関から出された書類には、6項目の症状リストが書かれており、そのうち4つを満たしていること、さらに別途行った知能検査で知能指数が133と平均より高かったことから、高機能自閉症と記載されていました。

人の言うことを聞かない、という症状は、母親が詳細に記載した心配事のリストをよく読むと、公園のフェンスを乗り越えて公園に入り、係員に制止され逃げ帰ってくる、やりたいことを始めると制止しても聞かずに続けるといった内容であり、自閉症スペクトラム障害の特徴である、他人の意図が理解できないための行動特徴とは違います。

むしろ、意図はわかっていても従わない反抗的行動と解釈されます。これは、この男児の担任の教師の言葉からもうかがえます。担任の教師はこの男児のことを「素直な子だが(教室で)真っ直ぐ前を向くことが難しい」子と表現しているのです。自閉症で他人の意図が読めない子どものことを、「素直な子」と表現することは考えられません。

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