イタリア支援でEUにくさびを打ち込んだ中国 マスク外交は中国の本領「トロイの木馬作戦」

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話を現在に戻すと、医療物資の供給に関しては、中国はイタリア以外にもスペインやドイツ、ベルギー、セルビア、また欧州に限らず日本、韓国、イランなどにも次々と展開している。新型コロナウィルスの震源地としての汚名を返上しようというのが主目的と見られ、欧州の域内政治バランスをかく乱しようという思いは、二義的なものだろう。まして欧州がここまで悲惨な状況にあることを思えば、市民の間で対中感情が先鋭化する可能性すらある。多額の人道支援であっても、反中感情の抑止になるのであれば中国としては安いものだ。

とはいえ、一連の中国からの支援に対して、上述したディマイオ伊外相の発言のほか、ブチッチ・セルビア大統領からも「欧州の連帯など存在しない。おとぎ話だった」、「われわれを助けられるのは中国だけ」といった発言が見られる。結果的に人道支援は「EUよりも中国」という機運を高めることには成功しているようである。

ちなみに、このブチッチ大統領の発言は3月15日、EUがマスクやゴーグル、防護服などの医療用品に関してEU域外への輸出制限を決め、域内医療機関における必要分を確保・備蓄する動きを批判したものであった。セルビアの位置するバルカン半島は欧州に物資を運ぶ要衝でもあり、中国がインフラ投資などを通じて影響力を強めようとしているエリアでもある。例えばハンガリーなどもこのエリアに位置する国であり、中国から投資を受け入れる国として知られる。EUが中国に強く出ようとする時に、こうした国々がEUの一員として待ったをかけるという局面も見られるところだ。

そもそも冒頭で紹介したギリシャの港湾が中国に売却された事実に関しても、EUとIMF(国際通貨基金)がギリシャに国際金融支援を実行する条件として緊縮路線を強いた結果、「売らされた」という側面があった。それゆえ、ギリシャ国民からすれば「苦境に陥った自分たちに手を差し伸べてくれたのはEUよりも中国」という感情を抱いても無理はない。中国の立ち回りに関し、政治、とりわけ安全保障の視点からさまざまな意見はあろうが、事実関係だけに目をやればギリシャ国民として「悪い話ではない」という情状酌量の余地もある。

EUは中国との関係をどうするのか

いずれにせよ、現在見られている中国の人道支援がもともと存在した欧州の亀裂に対し楔(くさび)となっているのは確かであり、複雑な背景事情を踏まえ、理解すべきものである。

こうした状況下、中国と親密な関係にあるドイツがどう動くべきかも気になるところだ。先進国最長の宰相であるメルケル独首相の任期もあと1年半である。その後継者選びは難航しているものの、誰が次期首相になるにせよ、ドイツがEUの中でリーダーシップをとるにあたっては「中国からの切り崩しを受けるEUをどのように守っていくか」という視点が必要になる。それは「親しい友人は中国だけ」といわれたメルケル政権のような立ち回りは、変えなければならないということを意味する。

中国による一連の人道支援を欧州の為政者たちはどのような目で見つめているのだろうか。ポストコロナの欧州-中国関係を変化させる興味深いことが起きているように思える。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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