「植松被告」に死刑判決でも事件が不可解な理由 裁判員制度による「核心司法の問題点」を露呈

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大量殺害事件を引き起こす人物には、いくつかの共通点を見つけることができる、と私は以前に書いた(『45人殺傷「植松被告」に見る大量殺人犯の共通点』)。項目だけを列記すると、以下のようになる。

①恵まれない境遇に対する不満、こんなはずではなかった、という欲求不満が蓄積する
②自分は悪くない、正しい、周りが間違っている、という“他責的傾向”が強い
③孤立
④自己顕示欲が強い
⑤犯行を肯定する独善的な論理や大義が加わる

いまは、犯行を肯定する独善的な論理や大義が、潜在的な自己顕示欲を支えていて、心底から現実を受け入れて詫びようものなら、自己が崩壊してしまう。だから、そんな受け答えにしかならないのだろう。言い換えれば逃避でもある。そこにメディア関係者が接見に殺到するものだから、欲求が満たされる。どこか支持されていると倒錯する。

衆議院議長宛の手紙について、地元の警察署から連絡を受けたやまゆり園では、すぐに植松被告と面談する。そこで「障害者は周りの人を不幸にする。いないほうがいい」と語ったことから、「それはナチスの考え方と同じだ」と応じても、「考えは間違っていない」と言い張り、園は辞職を促したという。そこで辞表を出した直後に、強制入院の措置がとられた。

残念でならないのは、その時に同園がもっと時間をかけて向き合い、障害者の命について諭そうとしなかったことだ。むしろ、そこで成したことは、考え方が違って意思疎通のとれない厄介者は、ここから追い出して隔離してしまえ、という排除の姿勢にすら映る。植松被告を職員当時から知る園長は、判決公判後の会見でこう述べている。

「園としても当然のことと受け止めた」

「自分がやったことに死ぬ直前までしっかりと向き合ってほしい」

効率性を重視する核心司法では明らかにされない

同園については、運営法人を見直すことを神奈川県の黒岩祐治知事が2019年12月に表明している。同年10月に、系列の元園長が女子児童に性的暴行を加えた疑いで逮捕されたこと、その逮捕後に入所者から「車いすに長時間拘束された」「園外への散歩がほぼない」などといった情報が寄せられたことによる。

公判で植松被告は、やまゆり園の勤務時に同僚職員による入所者への暴力や命令口調があったことを語っている(同園は否定)。そんな園の姿勢も、植松被告に影響したのかもしれない。だが、それも効率性を重視する核心司法では明らかにされないままだ。

死刑判決のあと、裁判長が閉廷を告げたところで、植松被告は手を挙げて「すみません。最後に1つだけいいですか」と言った。だが、発言は認められなかった。

植松被告は控訴しない方針を語っている。弁護人がそうしても、取り下げるという。それで死刑が確定してしまえば、もはや親族以外の接見も固く禁じられる。刃物による単独の犯行で、戦後最大の19人の命を奪った被告人が、多くを語らないまま去ってゆくことになる。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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