定年後の職場で「浮く人」は弱さを見せていない 「効率性と生産性」よりも「無駄と寄り道」が必須

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すると、その半年後。

会議が終わって、部屋を出るときに「おせっかいな一言」をすることにしてみました。「おふくろさんは、元気か?」とか、「オヤジさんは、ゴルフとかやるのか?」とか。すると相手も「介護が……」とか、「病気が……」とか、「母親が1人になって……」とかリアクションしてくれて。若い社員の親は私と同世代ですから、たった一言ラポートトークを心がけるだけで、距離感が縮まったんです。私は今まで部下とのコミュニケーションを大切にしていたつもりでした。でも、おせっかいトークで、コミュニケーションの本質がわかったように思います。
医療品メーカー副社長 山本さん(仮名) 59歳

こう話す山本さんは、62歳になった今も再雇用先で楽しく働いている。

男女のコミュニケーションスタイルの違いを脳の性差で説明する識者もいるけど、私は生物学的な性ではなく、社会的な性、すなわち男性と女性の役割の違いによって生まれるジェンダー(gender)に起因していると考えている。ゆえに、割合は少ないけど「いる(be)」志向が高い男性もいて、そういう男性はおおむね、姉や妹に囲まれて育ったり、会社でも出世とか権力とかあまり関係ない仕事人生を過ごしていた。自嘲気味に「僕はオバちゃんなんだよね」と言う人も多かった。

そして、決まってそういう男性は、再雇用先でも地域社会でも、年配の女性たちや若い人たちとワイワイ楽しむ人気者だった。ラポートトークのうまさが、周りとの距離感を縮めるのだ。

会社のコミュ力の高さは社会のコミュ力と違う

会社の常識は社会の非常識とよく言われるとおり、会社組織では「効率性と生産性」が求められるが、地域社会では「無駄と寄り道」こそが人付き合いの潤滑油になる。白黒ではなくグレーに。秩序よりカオスに。解決より共感に。論理より感情が大切となる。

くだんの山本さんのように、効率性の後に無駄を加えてみると、それまで見えなかったものが見えることもある。

男社会の塩にまみれた男性は、オバちゃんトークにためらいがあるかもしれない。だが、ラポートトークはあくまでもスキルだ。特別に心を込める必要はない。「へー、そうなんですか」「それは大変ですね」と相づちを打つだけでもいい。そのついでに、「これってどうやるのかね?」と質問したり、時には「ありがとう」と言ってみたり。頭を下げるだけでもいい。

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要は、会社では無駄だと思っていたトークをすればいいのである。

そして、もう1つ忘れてほしい会社の常識がある。「仕事がデキるヤツ」でいる必要はないということだ。「結果を出さなきゃ」と前のめりになると、つい自分の存在意義を示したくて強がりたくなる。

だが強さやカッコよさより弱さやカッコ悪さに人は共感する。「あぁ、自分と同じだ」と安心するのだ。シンプルかつ顔の見えるコミュニケーションを大切にすれば、周りが適応の手助けをしてくれるので、だまされたと思って半径3メートルの人たちとの関係性作りに専念してほしい。

河合 薫 健康社会学者・博士、気象予報士

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かわい かおる / Kaoru Kawai

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究にかかわるとともに、講演や執筆活動を行っている。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。2018年4月に、無責任な上司、仕事と家庭の両立、長時間労働などの職場の問題を考える『残念な職場』(PHP新書)を刊行。

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