台湾の「天才IT大臣」唐鳳氏の父が語る教育理念

既成概念にとらわれず、子どもの自主性重視

父親が理性派ならば、母親は感性派だ。とはいえ、正反対の考え方の持ち主の2人は同じ信念を持っている。それは、「子どもの探究心を押さえつけてはいけない」ということだ。唐鳳氏の母親の李雅卿氏は、「私は賢い子の育て方を知りません。しかし、子どもを愚か者に育てる方法なら知っています。親が子どもを馬鹿にし、無視し、意見を封じ込めればいいのです。そのように育てられた子どもは、もとがどんなに利口でも愚かな人間に育っていくでしょう」と話す。

唐鳳氏は幼い頃から恐ろしいほど聡明であるものの、体はとても弱かったそうだ。同年代の子どもたちになじめないこともあった。そのため、両親は娘のあるがままを受け入れ、娘が受ける社会からのストレスを家庭では感じさせないように努めてきた。

だが、唐鳳氏は学校生活でつまずいてしまう。学校でのいじめが原因で、不登校になったのだ。子どものすべてを受け入れたい母親は、娘に休学を勧めた。父親は学校生活に適応しながら困難を克服することで、自分と向き合ってほしいと考えた。両親の方針の違いは、家庭内の不和を生んでしまったという。

学校に通わず、自力で知識とスキルを磨く

休学について家族の意見が一致しないまま、ほどなく唐光華氏は研究のためドイツへ留学する。台湾に残った妻の李雅卿氏と子どもたちだが、父方の祖母は孫の休学に理解がなく、唐鳳氏ら親子はしばらく家を離れることとなった。

家族がバラバラとなり母親1人が子どもの面倒を見る日々だったが、結果的にはこの期間に唐鳳氏は再起し、天才プログラマーへの道を歩み始めた。唐光華氏は「人は本来、もっと豊かな多様性を持つということをこのとき知った」と振り返る。子どもが奮闘する姿から親も学び、親が「こうあるべき」と考えることは、時には傲慢で偏った考えであることにも気づかされた。

唐一家にとって、硬直した学校教育や「私は親だ」「私は教師だ」と大人が振る舞うことは教育ではなく、力ある者が力ない者を従わせる権威主義にすぎない。唐鳳氏は親の権威を振りかざさない両親に見守られ、中学以降は学校に通わず、自分自身で学びの方法を探りながら知識とスキルを磨いてきた。両親が彼女に与えた学習環境は近年、教育現場で注目される「自律学習(autonomous learning )」と言えるだろう。

母親の李雅卿氏がいう教育とは、問題を解決し、子どもによりよい環境を与えるというものだ。1994年、李雅卿氏は自身の教育理念を実現させるため、既存の教育概念にとらわれず、子どもたちの自主性を重んじたオルタナティブスクール「種籽小学校」を設立し、初代校長に就任。同校では、子どもたちが自身の手で知識を構築するために仲間や教師とともに学ぶ 「自律学習」が取り入れられている。

その後、李雅卿氏は「台北市自律学習実験計画」を立ち上げ、自律学習促進会の発起人も務めている。今は夫とともに、実験教育や自律学習を広める活動を行っている。そのような教育にも2人の信念が垣間見える。それは、「子どもの選択を尊重する」「親だからといって子どもを下の存在とみない」「自由に読書をさせ、自由に対話をし、知的欲求を抑えつけない」、そして「子どもの心に耳を傾ける」だ。

取材当日、ある保護者が唐光華氏に「子どものいたずらをやめさせるにはどうしたらいいか」と相談していた。唐光華氏はこう答えた。「子どもにはやってはいけない理由を伝えるべきだと思います。子どもにも、なぜそれをやってしまったのか話を聞く必要があるのではないでしょうか」。

続けて唐光華氏はおだやかに、そしてはっきりと言った。「私たちは、1人ひとりの個性をしっかりと見ていく必要があるのです」。これこそ、天才を育てた親の信念だろう。

(台湾『今周刊』2016年9月1日
2020年3月3日同誌オンライン版に再掲)

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