台湾の「天才IT大臣」唐鳳氏の父が語る教育理念 既成概念にとらわれず、子どもの自主性重視

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唐光華氏は、台湾四大新聞のひとつ『中国時報』の副編集長を務め、現在は実験教育を行う教育者だ。彼は子どもたちと過ごした日々を思い出すとき、脳裏にソクラテスの名言「無知の知」が思い浮かぶという。

唐光華氏は唐鳳氏が幼い頃から今日に至るまで、「私は何も知らない、だから教えてほしい」というスタンスで質問を重ね、議論を進める「ソクラテス式問答法」で接してきた。

唐鳳氏は世界的に有名な「ハッカー」であり、プログラミングの天才であることは世界でも知られている。だが、彼女は決して無機質な人間ではない。他人を思いやる彼女の姿はとても印象的である。それは父親の娘への接し方が強く影響しているようだ。

「自由派」の父が娘に影響を与えた

唐光華氏は「唐鳳をどのように教育したか」を話す前に、自身が育ってきた背景から話し始めた。「私自身、中学から高校の6年間は地獄の日々でした。中学の教師は成績至上主義。教室からはいつも生徒が木の棒で叩かれる音が響いていました。そして高校は進学第一という環境で、とても充実したとは言えない学生生活を送りました」。

「生まれてきただけでも子どもはありがたい」と話す唐光華氏(写真:呉東岳)

高校卒業後、唐光華氏は多くの政治家を輩出している名門・国立政治大学に進学する。唐光華氏はそこで初めて、精神的な教育を受けたと振り返る。「大学生活で最も印象深いのは、(中国国民党政権による)白色テロの被害者でもある呂春沂先生の言葉です。先生は私たちに『イエスマンになってはいけない』、 そして『他の支配を受けない独立した人間になりなさい』と教えてくれました」。

大学で唐光華氏は、毎日のようにニーチェやキルケゴール、サルトル、カミュらの著作を読みふけり、実存主義哲学に傾倒していった。「そのときに自由が私にとって最も大切なものとなりました」と振り返る。

唐光華氏は民主化運動について研究し、後にドイツで博士課程に進んだ。そこでは、中国からの多くの亡命者に出会い、彼らと自由民主主義について議論を交わした。そこに唐鳳氏を連れて行ったこともあるという。

そんな自由派の父は、唐鳳氏にさまざまな形で影響を与えている。唐光華氏は「私の蔵書は雑多で数も多い。娘は幼い頃からそれを読むのが好きでした。民主化運動や『美麗島事件』の本も例外ではありません」。美麗島事件とは、国民党の一党独裁政権下の1979年に起きた反体制運動の嚆矢(こうし)となった一大事件のことだ。

そんな唐鳳氏はある日、乗ったタクシーで運転手と政治について議論をした。彼女の話す「民主主義の原則」「反独裁派の活動家の存在意義」はどれも筋が通っており、感心した運転手はタクシー代を受け取らなかったという。自由を愛する父親のもとで、唐鳳氏にも自由の心が育っていったのだ。

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