欧州は新型コロナに加えて難民危機も再来か 「最悪のタイミング」で起きた「最悪の出来事」

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国内政局も流動化し、ドイツのメルケル首相の指導力は低下している(写真:REUTERS/Hannibal Hanschke)

そこで成立したのが2016年3月18日の「EU・トルコ合意」である。合意の論点は複数にわたるが、主要な項目は以下の3つである。

  • ① トルコからギリシャに渡るすべての新たな非正規移民、および難民認定を受けられなかった庇護申請者を、トルコに送還した上で費用はEUが担うこと
  • ② トルコがギリシャからの送還を受け入れるシリア人1名に対し、トルコからEU加盟国にシリア人1名を定住させること
  • ③ 難民支援に向けに30億ユーロをEUが追加拠出すること(従前からの支援金と合わせて計60億ユーロとなる)

こうした合意によってEUは止むを得ない事情を抱えるシリア難民、いわゆる政治難民だけを選り好みして受け入れる一方、経済的理由でEUに入ってこようとする非正規移民、いわゆる経済移民はトルコに送還することが可能になった。タダではなく、EUからトルコへ合計60億ユーロの費用を支出することと引き換えである。このEU・トルコ合意を経てギリシャにおける難民申請は目論見どおりにはっきりと減少した。EUは合意の威力を痛感したはずだ。だが、何かにつけて危うい挙動を見せるエルドアン政権次第で、いつ欧州難民危機が再発しても不思議ではなかったのである。

つまり、トルコは移民・難民の流れをせき止めてくれるダムのような存在となっていたが、今回、エルドアン大統領は公然とそのダムを決壊させることを表明したわけである。2015年9月当時に比べればEUの域外国境に対する守備意識は格段に高まっており、そう簡単に大量の難民がなだれ込むことはないだろうが、入国されてしまえば申請を受け庇護を検討する義務が生じるのは前述のとおり。ギリシャやハンガリーは戦々恐々だろう。

「見えない脅威」と「見える脅威」

EUは再びトルコと話をつけ、ダムの修復をはかる必要がある。折り悪しくも疫病という「見えない脅威」が襲い掛かっている真っ只中であり、ダム決壊に伴う移民・難民の一斉流入という「見える脅威」と対峙する余裕は今のEUにはない。

ここからは邪推になるが「見えない脅威」である新型コロナウィルスに関してはすでに中東のイランで流行しており多くの死者を出している。トルコ経由でギリシャに流れてきた移民・難民が感染拡大の端緒になるのではないかとの思惑も今後浮上しかねない。今は盟主ドイツの政局が流動化しており、英国との将来関係を話し合う微妙な時期でもある。そうした時期に、この出来事が勃発したことも不幸である。政治・経済・外交、どこを切っても今のEUには良いところがない。

EUはこうした「最悪のタイミング」で起きた「最悪の出来事」をどのように処理するだろうか。すでにECBや欧州委員会は金融政策や財政政策の柔軟な活用について前向きな姿勢を示しており、何とかこれらを駆使して市場不安を鎮静化しようとするだろう。しかし、「2020年こそ欧州経済が立ち直りのきっかけをつかめる」という年末年始に浮上した期待はもはや風前の灯である。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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