新型肺炎、水面下で感染拡大の日本で起きること 80代女性死亡、医療関係者への対応も急務だ

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そもそもSARSでも、感染者の21%は医療関係者が占めてもっとも多かった。考えてみれば当たり前のことで、いくら厳重な防護服を身につけているとはいえ、患者を救うために自らウイルスに接触していかなければならない立場にある。細心の注意が必要になる。そこを怠れば、クルーズ船に乗り込んだ検疫官のように感染してしまう。

2003年当時の深夜の救急外来の様子。今回の新型肺炎でも武漢では寝ずに治療に当たる医師たちが報道されている(筆者撮影)

ところが、この防護服も負担になる。一度着て全身を包んでしまえば、処置が終わるまでトイレにも行けない。喉が渇いても、おいそれと水を飲むわけにもいかない。

いまの季節はそれほどではないにしても、これから気温が上がってくれば、暑さとも戦わなければならない。SARSで私が取材した北京の医療機関では、閉鎖された病室の中で看護師が暑さと疲労で倒れることも少なくなかった。ひどいときには脱水症状に陥る。

日本でも中国のような人員動員はできるのか

「あ、彼女が昨日、倒れた子よ」

北京のある医療施設の裏口では、交替で医療活動を終えたスタッフが一斉に出てくる。圧倒的に若い女性が多い。彼女たちは防護服を脱ぎ捨てたとはいえ、同じ色柄模様のユニフォームを着て、待機しているバスに乗り込み、同じ宿泊施設に移動する。感染者が出ても封じ込められるようにしている。

そのバスの前で1人の看護師に内部の過酷な実情を聞いていたら、そこに通りかかった他の1人を指差して教えてくれた。ペットボトルの水を手にしたその顔には、ちょっと恥ずかしいという面持ちに、疲労の色が見てとれる。

それでもあの当時、こうした大量の人員動員ができたのも、あるいは今回の新型肺炎の蔓延で人口1100万人とされる武漢市を封鎖できたり、昼夜を問わずの突貫工事でわずか10日で新しい病院を同市に建設できたりするのも、中国だからだ。これが日本で、たとえば人口1300万人の東京を封鎖する、なんてことができるだろうか。人権を尊重すれば、人の移動を制限することもできない。

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これまで、私はSARS蔓延当時の取材経験から、日本に新型コロナウイルスが上陸したあとの最悪のシナリオを指摘してきた。残念ながら、日本政府の水際対策は失敗したとしか言いようがない。SARSの教訓もまったく活かされていなかった。

そして、このあとに続くであろう出来事。予測が的外れで終われば幸いだが、いま一度、コロナウイルスとはどのようなものであるのか、個人が正しく認識して、できることの最善を尽くすことが必要になる。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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