日本にバンクシーのような才能が出てこない訳 これだけ活躍しても匿名が守られている凄さ

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──現在地はアート・テロリスト。

2つの意味があります。彼は2005年に分離壁にだまし絵を描いたり、その壁のそばに「世界一眺めの悪いホテル」を開業したりと、パレスチナに関わっている。イスラエルは石を投げる程度の民衆もテロリスト視しますが、そうした「テロリスト」の怒りをアートで表現するという意味が1つ。もう1つは、シュレッダー事件のような、権威的なオークション、美術館制度への異議申し立てです。

「匿名」が守られている理由

──第2の“テロ”は劣勢です。

バンクシーは反資本主義的身ぶりとともに、資本主義は「敵にも居場所を作る」と評価しています。資本主義はしたたかで、アウトサイダー的なものをのみ込んでいく。法外な値がつく美術品のオークションへの批判から絵を裁断したのに、裁断によって将来の価格が落札価格1.5億円の2〜3倍になりそう、というのは典型的な例。

毛利嘉孝(もうりよしたか)/1963年生まれ。京都大学卒業、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジPh.D.(社会学)。九州大学助教授などを経て現在、東京芸術大学大学院国際芸術創造研究科教授。専門は社会学、文化研究/メディア研究。著書に『文化=政治』『ポピュラー音楽と資本主義』など。(撮影:梅谷秀司)撮影:)

似たような話が多く、彼もうんざりしていますが、それでも自分が企画する展覧会はタダにするとか、誰もが購入可能な破格の値段で作品を販売するとかして対抗している。根がグラフィティライターなので、有名になって作品を高く売りたい現代美術作家とは違うモチベーションで描いています。

──世界各地で活動しているのに、なぜ匿名が守られるのでしょう。

非合法のグラフィティの世界は秘密結社みたいに皆口が堅い。メディアにも顔を出しません。ただ、会っている取材者はいるし、故郷ブリストルには「彼だよね」と目されている人もいますが、人々は匿名性を大事にしています。社会が成熟しているというか。「日本じゃ週刊文春があるので無理」と仲間内では言っています(笑)。

──匿名である理由は、リスク回避だけではないようですね。

都市の景観は誰のものか、という問題に関係します。グラフィティが1970年代にニューヨークの黒人の間で普及した背景には疎外感がありました。ニューヨークに住んで、働いて、税金を納めているけれど、街全体は土地の所有者、具体的には役所や企業のよそよそしいビルや美しいとは限らない広告、看板に覆われている。

つまり、グラフィティは都市の景観を自らに取り戻すための、表現活動、権利運動だった。グラフィティライターが匿名なのは、同じ境遇にある多くの市民を代表しているという意識の表れだと思います。

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