日本人が知らない、もう1つあった「太平洋戦争」

独立から利権争いに発展してしまった悲劇

ボリビアは1825年に独立した後、建国の父シモン・ボリバルの意志を受け継ぎ、強力な中央集権化、教会財産の没収などの自由主義政策を実行しました。一方ペルーは、スペイン植民地時代にはペルー副王領が置かれた南米大陸の政治・経済の中心でありましたが、ボリバルの政策の下で中心地の地位を奪われ、ボリビアと大コロンビアに統合されて辺境の地位に落ちてしまうと警戒感が強まりました。

一方で南米独立のカリスマ、ボリバルの理想に共感する者も多く、ボリバル派と反ボリバル派の争いや軍人の反乱など国内の混乱が続きました。

これに乗じて1835年にボリビア大統領サンタ・クルスがペルーを占領し併合。ペルー=ボリビア連合を成立させました。ペルー=ボリビア連合の大統領となったサンタ・クルスはスペイン人とインカ人のハーフで、アルゼンチンのようなアンデスの大国を目指して自ら終身独裁官となります。北方に突然現れた大国に対し、チリではペルー=ボリビアに対する対抗意識が醸成されていきました。

1836年、亡命中の元チリ大統領フレイリがペルー=ボリビアの支援を受けてチリに侵攻する事件が発生。チリはこれに対する報復としてペルー=ボリビアに宣戦布告しました。チリ遠征軍は1837年9月、バルパライソを出港しアレキーパに進軍しますがペルー軍の反撃にあい敗北。態勢を立て直したチリ軍のブルネス将軍は1838年8月にペルー領内に攻め込みリマを占領し、ユンガイの戦いでペルー=ボリビア連合軍を降しました。

この敗北によって連合は崩壊し、サンタ・クルスはヨーロッパに亡命しました。このボリビア、ペルー、チリの太平洋岸の3カ国は、1879年に太平洋戦争で再び相まみえることになります(なおここでいう太平洋戦争とは1941年に勃発した同名の戦争と区別するため、硝石戦争とも呼びます)。

南米における「太平洋戦争」

チリとボリビアの国境近くにあるアントファガスタ県は、硝石や銅などの鉱物が大量に眠る地域で、長年両国間の係争地でした。1866年に国境協定が結ばれ、南緯24度を国境として北をボリビア、南をチリが折半すると決められましたが、チリ・イギリス系の採掘会社がこの地域に進出し、ボリビアは警戒感を強めました。一方でペルーのタクナ県、アリカ県、タラパカ県の硝石地帯にもチリ・イギリス系の採掘会社が進出。

この脅威に対し、ペルーとボリビアはチリから硝石地帯を守る秘密同盟条約を結びました。同盟を結んだ両国はチリの採掘会社に対し強硬な対応をとり始めます。1875年、ペルーのパルド大統領はペルー国内で活動するチリ・イギリス系会社を買収。ボリビアは1878年チリ・イギリス会社が国内から硝石を輸出する際に新たな関税をかけました。チリがこれを拒否すると、ボリビア政府は硝石採掘会社を接収し、競売で国内企業に売り払ってしまいました。

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怒ったチリ政府は1879年4月に両国に宣戦布告。南米における太平洋戦争が勃発しました。

戦闘は、タラパカの会戦とイキケ、アリカ港沖の海戦でチリ軍が圧勝。翌年6月にタクナ県とアリカ県を占領。さらにチリ軍はピスコに上陸し、イカの町を占領。最終決戦の準備を整えたチリ軍は1881年1月に2万5000名の軍勢でペルーの首都リマを攻撃して占領し、ペルーは降伏しました。

これによりチリはタラパカ県を手入れ、アリカ県とタクナ県の10年間の占領も認められました。ボリビアも1884年4月に休戦協定を結び、アントファガスタ県のチリへの割譲が合意され、これによりボリビアは海に面した土地を失って内陸国となってしまったのです。

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