500年続く「キリスト教同士の抗争」根深い背景 日本人があまり知らない世界史の"基本"

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この戦争は足掛け15年続き、最終的にフス派は敗れてしまうのですが、ローマ教皇や宗教関係者に対する反発と、カトリック支配から逃れた独自の社会の構築への志向は、神学者のみならず民衆レベルでも高まっていくことになります。

マルティン・ルターの宗教改革

本稿の冒頭に述べた「95箇条の論題」をルターが書くきっかけになった「贖宥状」とは何だったのか。簡単に言うと「現世での罪を赦し煉獄行きを免除する文書」です。

人々は日々の生活の中で、お祈りをし忘れたり、嘘をついたり、人をだましたり、少しずつ罪を重ねながら生きています。カトリック教会はこれらの罪は累積していき、死後その罪の多さに応じて煉獄で罪を償わなければならないと教えていました。

しかし、贖宥状があると累積した罪が帳消しになるとされました。しかも、死んでいま煉獄で苦しんでいる親兄弟にも有効とされたので、爆発的にヒットしました。人々は素朴な信仰心や日頃の罪悪感から、いま考えたら詐欺としか思えない紙切れをこぞって買い求めてありがたがったのです。

一方で民衆は、聖職者たちがその本業を忘れて現世的な利益や快楽を追い求めている様子を見て怒りを感じてもいました。真面目で清廉で尊敬される聖職者も多かったでしょうが、それよりもカネに汚い生臭坊主のほうが存在としては目立つ。あの坊主は女を囲っているとか、あちこちでお布施を強要してしこたま貯め込んでいるとか、悪い噂を聞くたびに、最近の聖職者たちはいったいどうしてしまったのかと義憤にかられるわけです。

ルターが「95箇条の論題」を発表すると、民衆たちはルターを熱狂的に支持するのですが、この著作は「人が救われるかどうかは日頃の行為ではなく、神を信じているかのみである」という神学的命題をラテン語で論じた難解な書で、とても一般人に理解できるものではありません。

人々は何となく、どうやらルターという人が、贖宥状を売って金儲けしている教会を批判しているらしい、ということを伝え聞くだけで、その素朴な信仰心と生臭坊主への怒りから、熱狂的に宗教改革を支持したのです。

人々がいかに信仰に素朴かつ過激だったかがわかる面白い例があります。

スイスのチューリヒでは1523年にツヴィングリの指導の下に宗教改革が始まり、運動の始まりとともに民衆は教会に群衆でおしかけて聖像画や祭壇、聖像を打ち壊して回りました。

この動きはチューリヒだけではなく各地で起こっていたのですが、奇妙なことに運動が始まる前は、民衆が自発的にお金を出し合って聖像画や聖像を寄進したり、教会堂を建築したりする「寄進ブーム」が起きていたのです。

この運動開始前に熱心に寄進をした人が、運動開始後には手のひらを返して聖像を熱心に打ち壊したのです。

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