「儲けたい」と「モテたい」は焦りが禁物な理由 「下心と恋心」は「遠交近攻」の逆説で考える

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もちろん、マネタイズの議論が不要だと言っているわけではありません。むしろ、不可欠だといえます。特に、技術力がありながらも、それを収益に結び付けられないような企業にとって、マネタイズの発想はとても大切です。

ただし、マネタイズの方法というのは、そのビジネスが置かれた脈絡や、そのビジネス全体の構造の中で議論されるべきなのです。

マネタイズが先行しすぎると、そもそも顧客は誰で、どのような困りごとを抱えているかが背景に追いやられます。わが社の果たすべきミッションは何で、どのような独自性を打ち出して、顧客に価値を提案しようとしているのかを見失うのです。これでは、まさに本末転倒です。

儲けへの下心はいったん捨て去ろう

さらに言えば、時間的なフォーカスも短絡的になってしまいます。ビジネスモデルというのは、投資と回収のロードマップを描きながら設計すべきものです。目先の利益にばかり気を取られると、ライバル他社が追随できないような仕組みはつくれません。

ビジネスモデルの設計というのは、マネタイズの方法を設計するということではありません。トータルな価値の創造と獲得の仕組みを設計するということであり、マネタイズはそこに組み込まれるべきものです。

だからこそ、ビジネスモデルの学術的な定義は「顧客に価値を届ける論理」なのです。一般にはビジネスモデル=「収益の上げ方」と捉えられることもありますが、これは間違いです。収益というのは顧客に提供する製品・サービスの対価として得られるものです。儲け方ばかりこだわっても、そもそもの商品力が不足していれば、話になりません。

実際、ビジネスモデルの学術定義を見ると「収益設計」に絞り込んだものは少なく、価値づくり全般に言及しつつ、その中での収益設計だと捉えられているものがほとんどです。これは、収益を最大にするためには、そこだけに注目してはダメだということを意味します。ときに、業界、ポジション、資源などの戦略的要因にも配慮しつつ、収益の上げ方を語るべきなのです。

「収益の上げ方」にこだわると、認知心理学で言う「選択バイアス」に陥ります。儲け方にかかわる情報だけを選択し、それ以外の情報を捨ててしまうので、ビジネスを成り立たせるのに必要な前提をないがしろにしてしまうようになります。

「儲けよう、儲けようと思って収益設計すると、かえって儲かりにくくなる」

このパラドックスが生まれる背景についてわかっていただけたでしょうか。

ビジネスモデルの設計においては、どのような価値を生み出して、価値づくりに参加してくれたパートナーと、どのように分け合うかが大切なのです。儲け方の設計は大切ですが、その脈絡の中で考えなければならなりません。目先の収益に目を奪われると、戦略思考が欠如します。「損して得取れ」という精神からは離れていくのです。

見透かされるような下心はいったん捨て去り、本当に求め合えるようなパートナーを見つけるような恋心を抱いて、ビジネスモデルづくりに取り組んだほうがよいのかもしれません。

井上 達彦 早稲田大学商学学術院教授

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いのうえ たつひこ / Tatsuhiko Inoue

1968年兵庫県生まれ。92年横浜国立大学経営学部卒業、97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)取得。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授などを経て、2008年より現職。経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ペンシルベニア大学ウォートンスクール・シニアフェロー、早稲田大学産学官研究推進センター副センター長・インキュベーション推進室長などを歴任。「起業家養成講座Ⅱ」「ビジネスモデル・デザイン」などを担当。主な著書に『ゼロからつくるビジネスモデル』(東洋経済新報社)、『模倣の経営学』『ブラックスワンの経営学』(日経BP社)などがある。

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