初詣「二礼二拍手一礼」が古い伝統という勘違い 昨晩聞いた「除夜の鐘」も実は歴史が新しい

拡大
縮小

かように、しきたりというものには意外なほど新しいものが多いわけだが、その際たるものが除夜の鐘だという。

古いしきたりだと信じている人が大半ですが・・・(写真:BLAST/PIXTA)

大晦日の夜に各寺で撞かれる除夜の鐘の回数は、ほとんどの寺で108回と決まっている。ご存じのとおり、仏教において108は人間の煩悩の数とされているからだ。

煩悩とは心の汚れを意味し、108の由来については諸説あるものの、煩悩の数だけ鐘を撞くことで、煩悩を払うことになると受け取られているわけである。だとすれば、除夜の鐘が古くからそれぞれの寺で撞かれていたかのように思えても無理はない。

ところが、除夜の鐘が俳句の季語として定着するのは昭和の時代に入ってからである。1933年に刊行された山本三生編『俳諧歳時記』と翌年の高浜虚子編『新歳時記』からだとされる。(53ページより)

とはいっても、それまで除夜の鐘が句に詠まれなかったわけではないようだ。例えば宝暦年間(1751~64年)の古川柳には、「百八のかね算用や寝られぬ夜」があるという。

また江戸時代後期に陸奥白石(宮城県)の千手院の住職だった岩間乙二に、「どう聞いてみても恋なし除夜の鐘」の句があるそうだ。このように、江戸時代に除夜の鐘は一部で俳句に詠まれてはいたが、とはいえ季語として定着するのは昭和の時代、1930年代になってからだというのである。

知られざる「しきたり」の面白さ

これら一部のトピックスを確認するだけでも、われわれが古いしきたりだと信じて疑わなかったものが、実はそうでもなかったということがわかるのではないだろうか。

『神社で拍手を打つな! -日本の「しきたり」のウソ・ホント』(中公新書ラクレ)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

本書の面白さはそこにある。「初詣は鉄道会社の営業戦略だった」「クリスマスは狂乱まじりの無礼講だった」「ニッポンの無礼講の伝統」などなど、見出しを眺めているだけでも興味をそそられ、読んでみればぐいぐいと引き込まれる。

しかも重要なポイントは、高名な宗教学者である著者が、さまざまなトピックスを盛り込むことで間口を広げている点だ。そうすることによって、「しきたり」のおもしろさやツッコミどころなどに関心を向けさせているのである。

だから信仰心の有無にかかわらず、肩の力を抜いて楽しむことができるだろう。年末休みに読んでみれば、芸能人が大騒ぎしているだけのテレビ特番を見るよりは充実した時間が過ごせそうだ。

印南 敦史 作家、書評家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

いんなみ あつし / Atsushi Innami

1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「WEBRONZA」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」など紙媒体にも寄稿。『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)など著作多数。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT