長坂は知人の紹介で、愛知県内で行われた柴田久美子(日本看取り士会会長)の講演会を、妹と2人で聴きに出かけた。在宅看取りを勧める柴田の話を聴き、最後は看取り士に依頼することを姉妹で決めた。
鉄工所を経営していた父親は、63歳のときに脳溢血ですでに他界。姉妹2人で、自宅で看取るのは初めてだった。
相手の心を解きほぐす呼吸合わせの練習
「一緒に呼吸をしますね」
看取り士の西河美智子(57)は、長坂の93歳になる母親が「苦しい」と言うので、そう話しかけた。しばらく西河が呼吸合わせを続けていると、母親が、「ああ、楽……」とつぶやくのを、長坂は確かに聞いた。寝たきりになって約3週間、苦しむ表情しか見ていなかった分、思わず空耳かと疑ったほどだ。
2019年3月の初め、母親が旅立つ8日前のマンションの一室でのこと。和室に置かれた介護用ベッドに、長坂はあぐらをかいて座り、その右太ももに母親の頭を乗せ、自身は前かがみで顔を近づけて呼吸を合わせていた。
長坂の妹と、西河ともう1人の看取り士はベッドを囲み、母親の腕や脚を手でさすりながら、2人の呼吸に合わせていた。看取り士が勧める「幸せに看取るための4つの作法」の1つ。本人の体に触れながら呼吸を合わせる。本人と家族との間で一体感と安らぎを生むのが目的だ。
実は当日、長坂姉妹も事前に西河の太ももに頭を乗せ、その呼吸合わせを体験済み。長坂の感想は「こんなに気持ちいいもんなんだ」だった。
筆者も以前、体験させてもらったことがある。元看護師でもある西河の右太ももに頭を乗せると、彼女が顔を20センチメートルほどに近づけ、呼吸を合わせながら、右腕を柔らかい手で触れてくれた。
すると、当時53歳のオッサンである筆者は、まるで母親の胸元で抱かれていた、赤ん坊の頃に還ったように両肩の力が抜け、両頬が自然と緩んだ。西河からその状態で「大丈夫」と声がけされると、こんな穏やかに看取られるなら死ぬのはそう怖くないかもしれない、と思えた。
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