安倍内閣の支持率はなぜ下がらないのか 不祥事続発でも「支持率安定」の摩訶不思議

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過去の政権を振り返ると、内閣支持率には「右肩下がりの法則」があった。多くの政権は発足当初は期待感もあって高い支持率を記録する。ところが政権が動き出すと、首相自身、あるいは閣僚や与党幹部の不祥事や失言が露呈する。新しく打ち出した政策への不満や問題点なども出てきて、野党やマスコミはここぞとばかり批判を始める。

その結果、内閣支持率はほぼ例外なく下がる。それも段階的に下がるだけではない。過去には1つの不祥事、1つの失言などが政権にとって致命傷になることもあった。

不祥事や問題発言、支持率急落の歴史

党内基盤が盤石で長期政権になるだろうとみられていた竹下登内閣は、リクルート事件に主要閣僚や自民党幹部らが関与していたことが明らかになったため、1989年12月の世論調査で支持率が41%から29%に急落した。さらに消費税導入を目前にした1990年3月には15%へ半減してしまい、退陣に追い込まれた。

森喜朗首相の場合、さらに劇的だった。2001年、ハワイ沖で愛媛県の水産高校の演習船「えひめ丸」がアメリカ軍の原子力潜水艦に衝突・沈没した事件が起きたとき、ゴルフをしていたことが問題になり、直後の世論調査では支持率が9%と1桁になってしまった。

安倍首相自身も第1次内閣では、厚生労働省のずさんな年金記録管理が明らかになった「消えた年金問題」に加え、政治資金の使い道が批判された松岡利勝農水相の自殺をはじめとする閣僚の不祥事や問題発言が相次ぎ、政権発足当初の60%台半ばの支持率がわすか9カ月で30%にまで落ち込んでしまった。

総選挙で自民党を破って政権交代を果たした鳩山由紀夫内閣の支持率の下がり方も激しかった。発足時は70%を超える数字を記録したが、自らの不祥事に加え、沖縄のアメリカ軍基地移転問題へのお粗末な対応など政権運営が混乱したため、1年足らずで20%台に低下してしまった。鳩山氏は退陣後、「最高で7割もあった支持率が半分に、そして3分の1に、あっという間に落ちる。考えられないような話だ」と筆者に語ってくれたことがある。

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