壇蜜を射止めた漫画家「清野とおる」の快活人生

大学生でデビュー、どん底乗り越えて見た境地

「僕にはロッカーが墓石に見えたんですよね。全員が初対面だから会話もなくシーンとしている。とんでもなく苦痛な時間でした。

『ああ、なんでもいいから早く時間よ流れてくれ!!』

って祈りました。

そうして時間が流れて未来人になった僕から見ると、当時は絶望してましたけど、今振り返ると面白……いや、どう考えてもつまらなかったですね(笑)」

漫画の投稿を始め、デビューすることができた高校時代

そんな高校時代、清野さんは『VOW(バウ)』(宝島社)に投稿していた。

『VOW』とは雑誌『宝島』(宝島社)で連載していた読者投稿コーナーで、街で見つけた変なもの、新聞などの誤植などを取り上げる、面白コーナーだった。

「『VOW』にはとても影響を受けてますね。僕の名前が初めて世に出たのが『VOW』でした。雑誌『宝島』のコーナーに載りましたし、単行本にも掲載されました。

投稿すればこうやって認められるんだって理解しました」

そうして高校時代から漫画の投稿を始めた。ただ最初は、漫画家になろうという強い意思があったわけではなかったという。

「『ヤングマガジン』(講談社)の新人賞に送りました。この時は完全にお金目的でしたね。賞金が欲しかっただけです」

処女作は『猿』というタイトルの作品だった。

中学校に猿が転校してくる。ただ、猿か人間なのか判別が微妙な存在で、クラスメイトはどう接していいかわからなくて戸惑う、というシュールなギャグ漫画だった。

「今思うと、なんでそんな漫画描いたのか全然わかりません。ただとにかく1番下の賞を取ることができて無事賞金をいただき、担当編集者がつきました」

そして1998年『ヤングマガジン増刊青BUTA』(講談社)にて『アニキの季節』が掲載された。

高校3年生で漫画家としてデビューすることができた。

「当時は1人で漫画を描いていました。SNSもない時代ですし、誰ともつながっていませんでした。ただ噂話で、知り合いの知り合いが同い年で漫画家を目指しているという話を耳にしました」

次ページのちに漫画家となる彼と友達に…
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