壇蜜を射止めた漫画家「清野とおる」の快活人生

大学生でデビュー、どん底乗り越えて見た境地

清野さんは、東京都板橋区の住宅街で生まれ育った。

「特徴のない地味な街でした。でも小学生の僕にとってはそこが世界のすべてでした」

(筆者撮影)

清野さんはやんちゃな少年だったという。1980年代の少年がやったような遊び、例えばビックリマンチョコのシール集めなどは一通りやったし、駄菓子屋に売っていたかんしゃく玉や爆竹を歩道橋からまいて爆発させたりする、いたずらっ子な面もあった。友達もたくさんいた。

「勉強は一切しなかったですね。今思えば、その頃もっと勉強しておけばよかったと思います。母親は教師だったんですけど、特に勉強しろと強く言われたことはありませんでした。とにかく毎日遊んでばかりいました」

そんなやんちゃな清野少年だったが、遊ぶのはほとんど近所だけだった。いつも自宅から数百メートル圏内で遊んでいた。

将来住むことになる赤羽までは自転車で15分くらいの距離だったが、それでも遊びにいくことはほとんどなかった。

「小学生の頃は迷子になるのがこの世でいちばん怖かったんです。とにかく迷子になったら、餓死すると思い込んでました。人に頼るという発想もありませんでした。

今思うと、なんであんなに迷子が怖かったんだろう? と思いますけど」

漫画家である伯父に、描き方のイロハを教わる

そんな小学生時代、清野さんの実家には、父親の兄である伯父が同居していた。伯父は、両親が買ってくれないファミコン(ファミリーコンピュータ)を買ってくれるなど子供に理解のある人だったので、しょっちゅう部屋を訪れていた。

当時、伯父は漫画の仕事をしていたため、お願いして絵を描いてもらった。

「伯父には漫画の描き方のイロハも教えてもらいました。集中線の描き方や、定規の下に10円玉を貼って線を引くと、インクがにじまない、とかですね。子供の頃に、漫画のテクニックを学べたのはラッキーでしたね。

ちなみに伯父は今も元気です」

そうして中学校に進学したが、やっぱり勉強はしなかった。

「中学になっても、まだ物心がついてなかったんだと思います。それくらい本能のままに生きてましたね。

流されるまま、赤羽にある男子校に進学しました。今はずいぶんかしこい学校になったようですが、僕が行ってた頃はそうでもなかったですね。その段階でやっと『もっと勉強しておけばよかった……』と後悔しました」

清野さんは高校の入学式の日の光景を鮮明に覚えている。

1人に1つずつロッカーが配られ、その中に教科書を入れて自分の机の上に置いた。

クラス全員の前に、灰色の無機質な四角いロッカーが並べられている。

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