人類は富を創出してもこれ以上豊かにならない

斎藤幸平×水野和夫「ポスト資本主義」を語る

水野:日本の労働時間はとくにひどいものがあります。現在、日本人は正規社員で年間2100時間、非正規社員も含めてデータでは年間1700時間働いているんですね。一方、日本とほとんど生活水準が変わらないドイツは非正規社員を含めたデータで1300時間です。

私自身の経験も含めて感覚的にいうと、日本の労働の3割はまさにブルシット・ジョブのような仕事をしています。だからあと500時間ぐらいは減らせると思います。そうすると、オフィスのエネルギー使用量も4分の1ぐらいは減らせるんじゃないでしょうか。

斎藤:いまの生産力があれば、週4日制ぐらいにはすぐ移行できると思うんですよね。

水野:簡単にできますよね。

ケインズの予言

斎藤:マルクスも自由の国を実現するための最初の条件は、労働時間の削減だと言いました。多くの人々にとって、労働は自己実現や社会的承認の場でもありました。労働は人生を充実させてくれるものだという考えは、今も根強くあると思います。しかし現代のテクノロジーは、労働以外に時間を使えるという可能性を開いてくれているわけです。

『未来への大分岐』の中で、私が議論したポール・メイソンも述べているように、ひたすらブルシット・ジョブをやることよりも、散歩や音楽、サッカーなどをすることのほうがよほど人間らしい意味のある活動です。

週2日の休日でしかできなかった社交や芸術を、もっとできるようにする。そういう社会に転換することは、同時に、よりエコロジカルな社会を実現することにもなります。モノをとにかく消費するために働くようなライフサイクルから決別する。労働のあり方が変わることで、モノや自然とのつき合い方も変わっていくように思います。

水野:日本の1人当たりGDPの推移を見ると、1955年と比べて現在は、インフレ調整後で8.5倍になりました。1955年といえば、戦前の1936年の水準を取り戻した年です。ちょうどそのころ、ケインズが予想しているんですね。これから科学技術の進歩と指数的な成長で4倍から8倍まで生活水準が上がれば、もうこれ以上、資本を蓄積する必要はない、と。

ちょうど現在の日本は8.5倍で、ケインズの言う基準を全部クリアしています。資本を蓄積する必要がないということは、利子率ゼロの状態であり、ケインズは「利子生活者の安楽死」は経済にとって大きな達成だと考えました。

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ところがいま、利子生活者は安楽死せず、低賃金の労働者が瀕死の状態に陥っています。それはもう成長できないのに、無理やり成長を求めて、ROE10%を目指したりするからです。

日本はそろそろケインズの言葉に耳を傾けるときです。もう8.5倍の生活水準に達したのだから資本主義はやめましょう、と。資本蓄積を目指さなければ、もっと豊かで人間らしい生活ができるようになるわけですから。

斎藤:ケインズは、2030年までに労働時間は週15時間になるとも言っていますし、それができる生産力はもう手にしているわけです。

現在の金融業界に顕著なように、ひたすら富を目指すような活動が何も生んでいないのは明らかです。これ以上、資本の増大を目指せば、気候変動に代表される環境破壊はひどくなる一方だし、ブルシット・ジョブも増えていきます。

しかし、富を生み出すだけでは、人類はこれ以上豊かにならない。資本主義を終わらせるためには、「より多くつくり、より多くの賃金を獲得し、より多く消費する」という近代の勤労倫理を転換する必要があるのでしょうね。

水野:そこにも、資本主義の次の社会を生み出すためのカギがあるのだと思いますよ。

(構成:斎藤哲也)

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