私の人生は「ワンマン」…鉄道缶バッジ誕生裏話 年間5000個販売「上司警戒」など思わずニヤリ

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この機械があるからユニークな缶バッジ製作を思いついたという。製品化するまで社内生産、新しいアイデアが漏れる暇もない。だいたい2カ月ごとに新製品を出し、種類も増えている。全種類を店頭に置けなくなった。しかし、データを残してあるので、いつでも再生産可能だ。これも社内生産のメリットだ。

「僕は廃盤にはしないと考えています。ご相談いただければ、過去に売っていて店頭にない場合も作りますよ」

飛び抜けて売れたアイデアは、ほかの商品にも展開できる。そんな手応えもあるそうだ。「ワンマン」はマフラータオル版も作った。すでに完売。

完売した「ワンマン」マフラータオル。缶バッジ人気から生まれた(筆者撮影)

「通販の要望は結構いただきます。たしかに、お客様の側から見ると、新金谷駅で買おうと思ったときは、手持ちのお金がなかったから5個しか買えなかった。やっぱりあと5個欲しいとか、全種類欲しいとか。そういう気持ちになりますよね」

「思いつきで始めた缶バッジが売れたときに、缶バッジを目当てに大井川鉄道に乗りに来てくださるお客様がいらっしゃると知りました。売店で手に取ってくださったお客様に話しかけたら、山形からいらしたと。そして20個も買ってくださった。その次の日には福岡からいらした。大井川鉄道の缶バッジのおかけでFDA(フジドリームエアラインズ)のお客様が増えたかもしれませんけど(笑)」

1駅でも乗ってもらいたい

缶バッジは「お土産」だ。その本分からはみ出してはいけないという。これを通販にしてはいけない、という自覚がある。

お土産担当の仕事とは、乗りに来ていただいた人に喜んでいただくことだ。大井川鉄道に乗っていただきたい。だから、JRと接続する金谷駅の販売はやめた。1駅でも新金谷駅まで乗ってほしい。それが本業の運賃収入になる。

新金谷駅舎。大正末期から昭和初期に建てられた。2018年に国の有形文化財として文化財登録原簿に登録された(筆者撮影)

「今年初めに、新金谷売店で3000円以上をお買い上げいただくと、昭和40年代のダイヤグラムを差し上げるキャンペーンをやりました。缶バッジを10個買ってほしくて始めたんです。ダイヤグラムは模造コピーではなく、業務用の本物です。倉庫に眠っていたものを見つけまして。国鉄直通列車があったり、大垣夜行から接続する深夜の山男御用達列車があったり、貨物のスジもある懐かしいアイテムです」

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