日本だけでない欧州の「観光公害」残念な実態 ドイツから考える「ポスト平成型」ツーリズム

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では、観光地はどのように「観光戦略」を考えていけばよいのだろう。

示唆的なのがドイツ南部のバイエルン州経済省が昨年掲げた観光経済の考え方だ。要約すると次の3つにまとめられるだろう。

・イベント観光の強化ではなく、人間と自然と調和した観光を指針とする
・付加価値とゲストの長期滞在、すなわち“量”の前に“質”が重要
・コミュニティーあってこその観光産業

文化施設への落書きは「観光被害」といってもよいだろう(ハイデルベルク、筆者撮影)

この観光経済に対する考え方は、先に紹介したアルゴイ地方の事情が背景にある。同地方は自然に恵まれ観光業としては「成長」している。しかし実は農村地域のレストランやバーの類が2006年から2015年にかけて激減。地ビールが飲める、伝統的な田舎風のレストランなどは人気で、本来は観光資源として大きい。これが減っているのだ。この現状を受けるかたちでバイエルン州は観光経済振興を打ち出した。

持続可能な観光業にしていく

なぜレストランやバーは減っているのだろうか? 文化地理学が専門のハンス・ホップフィンガー教授らの調査によると、その原因は複雑だが、消費者や余暇の行動の変化がその一因ではないかという。

また、コミュニティーの危機も原因としてあげている。農村地域の再編や地域施設の合理化に伴い、「政治ユニット」として、独立性を失ったところが多いという。さらに農村部の一般的な人口減少が加わる。もともと、多くの村のレストランやバーは地元の人が集まるコミュニティーセンターのような役割があった。つまり、レストラン・バーの激減はコミュニティーそのものの衰退につながる。これでは観光客を呼ぶとか呼ばない以前の問題だ。

農村部のレストラン・バーの激減に対して、同州は観光関係の組織らと協力してキャンペーン、助言、職業教育といった取り組みを展開。見るべきは、これらのバーやレストランを「現地の生活様式の一環」と位置づけていることだろう。

すなわち、観光業といっても地域全体の「氷山の一角」で、住んでいる人々の生活空間の一部を経済資源として展開することである。これを明確に示している。テーマパークは営利事業の人工空間で「生活」も「コミュニティー」もない。しかし観光地はテーマパークではないのだ。これを忘れた観光産業の開発をするととんでもないことになる。

観光地の事情は各地でいろいろ違いもある。しかし、観光戦略の問いを立てる場合、あくまでも地域資源の一部を展開する経済行為であることを前提に考えるべきだろう。これが持続可能な観光業にしていく基本だ。

コミュニティーとしての多様性や生活の様式をないがしろにした開発は、一時的に経済的な指標を高くすることはできるかもしれない。しかしツーリストの数が低下したときに、経済的損失のみならず、地域社会そのものが大打撃を受けるだろう。

高松 平藏 ドイツ在住ジャーナリスト

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たかまつ へいぞう / Heizou Takamatsu

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)在住のジャーナリスト。同市および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンをさぐるような視点で執筆している。著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(2016年)『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか―小さな街の輝くクオリティ』(2008年ともに学芸出版社)、『エコライフ―ドイツと日本どう違う』(2003年化学同人)がある。また大阪に拠点を置くNPO「recip(レシップ/地域文化に関する情報とプロジェクト)」の運営にも関わっているほか、日本の大学や自治体などで講演活動も行っている。

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