アジアで最もクールな書店「誠品」を創った男

日本人が知らない呉清友氏の壮絶な創業秘話

誠品書店は、中国大陸、香港などに早くから進出していたが、日本へは初めてであり、誠品書店にとっては50店目となる節目の出店だ。2017年に68歳で亡くなった創業者で伝説的経営者だった呉清友氏が最後に「ゴーサイン」を出した店でもある。

呉清友氏にとって、誠品の日本進出は長年の懸案であり、悲願でもあった。台湾に進出した日本の書店はあっても、日本へ進出した台湾の書店はない。しかも、中華圏以外では初めての海外進出だ。

オープン初日から大盛況となった誠品書店の日本橋店(写真提供:誠品書店)

誠品にとってもさらなるステップアップのメルクマールとして位置づけられ、呉清友氏もオープニングを心待ちにしていたという。先天性マルファン症候群という難病を抱え、心臓で3度の大手術を耐え抜いたが、とうとう力尽き、その事業は、かねてから後継者として育てていた長女の吳旻潔(マーシー・ウー)氏に引き継がれた。

誠品書店は、台湾カルチャーそのものと呼んでよいブランド力を呉清友氏のリーダーシップのもと創業以来育ててきた。台湾内外での賞賛の言葉は枚挙にいとまがない。

「アジアで最も優れた書店」という2004年のTIME誌の評価だけではなく、台北市長、台湾総統を務めた陳水扁氏に「台湾に百貨店は山ほどあるが、誠品書店は1軒しかない」と言わしめた。台湾の著名な作家・龍応台氏は「広大な地域に暮らす華人にとって、台北文化のランドマークが誠品書店。その成功には、社会の多様性や開放性が必要で、十分に成熟した読者層が必要だ」と語っている。

書店と画廊を併設した店舗を思いつく

これだけユニークな書店がなぜ台湾で生まれたのか。それは、書店を通して芸術や文化、生活に溶け込む「場の精神性」を作り上げたいという呉清友氏のこだわりが源であった。

呉清友氏は台湾の南部・台南で生まれた。高校卒業後、すぐビジネスに打ち込み、ホテルに海外製の冷蔵庫やキッチン設備を販売する会社「誠建」を立ち上げ、成功を収めた。1970年代は台湾の高度経済成長時代で、不動産投資でも多くの利益を上げた。

だが1988年に先天性マルファン症候群を発病し、最初の大手術を経験。それを転機に、呉清友氏は芸術や文化に対する関心を強めていく。最初は画廊を開くつもりだったが、やがて、書店と画廊を併設した店舗を出すことを思いついた。

「(休日に)台湾でビジネスマンはクラブやゴルフに行き、一般人は公園や映画に行く。ほかに行けるところがない」。そう考え、台北の中心部である敦化南路に大型店を立ち上げた。呉清友氏が38歳のときだった。

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