アジアで最もクールな書店「誠品」を創った男 日本人が知らない呉清友氏の壮絶な創業秘話

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併設するショップとの複合効果で、次第に経営が軌道に乗りだすと台湾内外で出店を増やす。中国の蘇州や深圳、香港のコーズウェイベイやチムシャーツイにも出店し、誠品ブランドはアジアに鳴り響いた。日本の蔦屋書店は誠品をヒントにしたとも言われている。

台湾の「遠流出版」経営者で、呉清友氏と深い交流があった王栄文氏はこう語る。「彼は、われわれの本を入れてくれるすばらしい『器』を育ててくれた。そんな器があることは、私のような出版人にも、本の作者にも、大きな喜びだった。誠品の成長の裏には、書店を生活文化のプラットフォームにしたい、という彼の理想があった」。

書店が読んでほしい本を薦める誠品選書の コーナー(写真提供:誠品書店)

王氏は、誠品書店が毎月選ぶ「誠品選書」は、単なる売れ筋の本ではなく、「書店が売りたい本、読んでほしい本を薦める書店の理想」だと説明する。

何年か前、この「誠書選書」には私の本の中国語訳も選ばれたことがあるが、その意義について当時あまりわかっていなかった私よりも、出版社の人々がとても喜んでいたことを思い出す。この誠品選書は、日本橋店でも中国語の「台湾選書」と日本語の「日本選書」が設置されている。

王氏はこう付け加えた。「神様は彼に病気というハンディを与えた。しかし、だからこそ、彼は最後の最後まで、理想の実現のために戦い続けたのかもしれない」。

トップ自ら細部のデザインにこだわる

呉清友氏は、出店のたびに天井の高さから照明など細部のデザインや書架の配置までこだわりぬき、「誠品的」な美意識の体現を求めた。部下たちと徹底的に議論し、妥協を許さず、あらゆる決定に明確な理由を求め、曖昧さを排除したと言われている。

だからこそ、誠品というブランドは、異なる国、異なる土地でも、共通の誠品カラーを打ち出せたのかもしれない。

その日本進出は喜ばしいことだが、日本と海外とでは書籍マーケットの構造はかなり違う。日本では、アマゾンをはじめとした電子書籍の影響力も台湾や中国、香港より強い。出版取次などの海外にない流通構造や商習慣にも苦労するだろう。

日本橋店でともに運営にあたる有隣堂とのスムーズな協力体制の構築にも一定の時間を要するかもしれない。新しい実体書店の生き残りモデルとして、誠品書店の日本進出の成否はどうなるのか、呉清友氏もその結果を見届けたかったに違いない。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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