50年強「ミシュラン三つ星」取り続ける店の哲学

ポール・ボキューズの総料理に聞く

「ポール・ボキューズ」3つあるうちのスペシャリテの1つ「ヒメジのポワレ ジャガイモのクルスティアン ウロコに見立てて」。日本では甘鯛を使用。薄くスライスしたじゃがいもをウロコに見立てた代表的な魚料理。フュメ・ド・ポワソンと白ワインをべ―スとしたソースとともに(写真:ヒトサラ編集部提供)

20世紀最高の料理人と言われた、ポール・ボキューズ。フランス・リヨン郊外に彼がつくった「レストラン ポール・ボキューズ」は、50年以上も三ツ星を獲得し続けている伝説の店だ。その精神が今も息づく美食の殿堂が代官山にあることをご存知だろうか。

日本おける本店「メゾン ポール・ボキューズ」には、今でも定期的に現地から総料理長クリストフ・ミュレールシェフが訪れ、ムッシュポールの味と哲学を守り続けている。ミュレール氏にインタビューした。

17歳で憧れのシェフと働くことに

――ポール・ボキューズ氏との出会いはいつですか?

私が小さいころから、すでに有名なスターシェフでした。ボキューズ氏の写真がついたジャムが町のあちこちで売られていて、そこには「M.O.F.1961」(1961年はボキューズ氏がM.O.F.を受章した年)と書いてあったことをよく覚えています。私の記憶が正しければ、自分の顔写真を表に出して商品をつくっているのは彼がはじめてだったのではないでしょうか。とにかく子供時代から憧れていました。

当記事は「ヒトラサ」(運営:USEN Media) の提供記事です

私が最初についたポール・エーベルランシェフとも友人同士で、よくお店に来られていましたね。いつもメルセデスで乗り付けて、オーラと迫力がすごかった。恐れもあったけれど、「このシェフと知り合いになりたい」と渇望していました。

――そんな憧れのシェフのもとで17歳にして働くことができたんですね。

エーベルランシェフのおかげです。「いいアルザスの子がいたら紹介して」と、おっしゃっているムッシュポールに私を推薦してくださり、働くことになりました。なぜ、“アルザスの子”を指名したかと聞いたら、戦争での体験があったからのようです。ボキューズ氏がアルザスで従軍していたときに重症を負い、そのときにアルザスの人々を見て、「まじめでしっかりと仕事をする」という印象を持ったと聞きました。

――でも、そんなに憧れていたシェフのもとで働けたのに、2年後には「タイユヴァン」に移りましたね。

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