速読派は得られない「豊かな読書」という体験

読書の質を上げる「スロー・リーディング」

「オレだけが、こんなに読むのが遅いんだろうか?」――そう思い悩んだ(?)私は、ある日、恐る恐る、知り合いの作家たちに尋ねてみたのだが、意外にも、「実は自分も本を読むのは遅い」と言う人がほとんどだった。高橋源一郎さんなどは、今でも本を読むときには、きちんと机について、赤線を引きながら読むとのことである。

現代作家の中で、恐らくは最も勤勉な読書家である大江健三郎さんも、決して速読をすすめたりはせず、むしろ「読みなおすこと(リリーディング)」を説いている。小説『憂い顔の童子』では、登場人物の口を借りて、ノースロップ・フライによるバルトの次のような一節の引用が記されている。

「ロラン・バルトは、すべての真面目な読書は『読みなおすこと(リリーデイング)』だといっている。これはかならずしも2度目に読むことを意味するのではない。そうではなくて、構造の全体を視野に入れて読むことだ。言葉の迷路をさまようことを、方向を持った探究に転じるのだ」

「速読コンプレックス」から解放されよう

私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、「できるだけ速く、たくさん読まなければいけない」という一種の強迫観念にとらわれている。「速読コンプレックス」と言い換えてもいいかもしれない。しかも、楽をしてそれができるのであれば、言うことはない。ちまたにあふれかえっている速読法を説く本は、そうした心理に巧みにつけこむように書かれている。

もちろん、時と場合によっては、速く読むことも必要だろう。「明日までに大量の資料を読んで書類を作らなければいけない」といった状況下では、速読や斜め読みは避けられまい。しかしそれは、単に一時的な情報の処理であり、書かれた内容を十分に理解し、その知識を、自分の財産として身に付けるための読書ではない。

単に、情報の渦の中にいや応なく巻き込まれてしまっているだけで、自分の人生を、今日のこの瞬間までよりも、さらに豊かで、個性的なものにするための読書ではないのである。

読書を楽しむ秘訣は、何よりも、「速読コンプレックス」から解放されることである! 本を速く読まなければならない理由は何もない。速く読もうと思えば、速く読めるような内容の薄い本へと自然と手が伸びがちである。その反対に、ゆっくり読むことを心がけていれば、時間をかけるにふさわしい、手応えのある本を好むようになるだろう。

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