あの「大宮駅東口」再開発に感じる意外な大胆さ

これまでの再開発の概念を覆す可能性も

近代的な西口側に対して、比較的低層の古い建物が多い大宮駅東口側(筆者撮影)

このところ、住みたい街としてのランキングを確実に上げつつある埼玉県の大宮駅東口側が30数年ぶりに動き始めている。

大宮駅周辺では、1971年に発表された東北・上越両新幹線の計画を契機として1969年に認可された土地区画整理事業が加速。平成初期にはそれまで開発が進んでいなかった西口駅前にソニックシティ、大宮スカイビルなどが整備された。以降もソニックシティ周辺では開発が続いているほか、北側では今後総戸数数百戸規模のタワーマンションが複数棟建つ予定という。

「取り残されていた」東口側

その一方で東口側はあまり動いてこなかった。もともとは、2400年以上の歴史を持つと言われる古社・武蔵一宮氷川神社の門前街、中山道の宿場街(明治以降に中山道は現在の西口側に移動)であり、戦後も長らく埼玉県の商業の中心地として栄えた街。

西口側は東口側と比べると、新しいビル中心で差は一目瞭然(筆者撮影)

大宮中央デパート、十字屋、長崎屋、西武百貨店などの商業施設が集まっており、ハタプラザ、大宮東宝白鳥座、大宮東映オスカーその他映画館や娯楽施設も多くある。南銀座商店街は県下有数の飲食店街で、買い物に、遊びに行くなら東口だったのだ。

ところが、1983年に駅前再開発事業が旧大宮市の施行で都市計画決定されたものの、地元商店街などを中心に反対運動が勃発。合意が形成できなかったうえ、バブル崩壊もあり、都市計画決定から21年後の2004年には再開発事業の都市計画決定を廃止するなど、計画を見直すこととなった。

その後の停滞は最盛期を知る人からすると目を覆うばかり。2006年には最後の映画館が閉館し、百貨店、大型商業施設が次々に撤退。現在は大宮タカシマヤが唯一残るだけ。2013年に東口駅前にあったロフトが西口のそごう内に移転したときには、衰退を嘆く声が上がった。再開発にそれまでの街並みを壊すなど悪いイメージを持つ人もいるが、まったく更新されないのも、それはそれで問題なのである。

それが今になって動き出したのにはいくつかの背景がある。1つは東日本大震災を機に耐震性や防災面から地域を見た際の不安。老朽化した建物が多く、また、所有者は高齢化している。かつて再開発と戦った人達も代替わりを迎えているか、リタイアしたか。

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