認知症の母と暮らす脳科学者が見つけた"希望" 自信を失う生活の中、自尊心をどう支えるか
――心の宝物という話では、私の母はプロ野球が大好きで、とりわけ読売ジャイアンツが好きでした。認知症の症状が進み、2分前の食事を忘れるのに、ジャイアンツや野球に関してはずっと忘れなかったんです。
お母様のキラキラした思い出や心の宝物探しが見つかっている状態ですね。
その場では理解でき、いろいろ感じていることが大事
――恩蔵さんのお母様は料理と散歩を生活の軸に据えられていましたが、私の母もプロ野球が生活に絡むとゴキゲンでした。それで巨人戦の中継を見せると、初めの1分ぐらいは夢中で観るのですが、しばらく経つと試合が「人がうごめいているだけ」に見えてしまうようで、飽きてしまいまして……。
その「1分ぐらいは夢中で観るけれど、飽きてしまう」というのが、認知症を考えるうえで重要なんです。繰り返しになりますが、アルツハイマー型認知症の初期で問題になるのは、新しい記憶を定着させる海馬です。
認知症の方も新しく言われた内容を理解しており、数秒から数分の間はその記憶を維持しています。これを「短期記憶」と言います。「短期記憶」は無事でも、それを数時間、数ヵ月、数年と続く「長期記憶」として脳に定着させることは、海馬が少し萎縮してしまうと苦手になるのです。
お母様の話に戻すと、起きたことの1つひとつは理解をしている。でも長く続く記憶として定着せずに抜けていってしまう。だからお母様は「巨人戦だ」と思って見始めますが、しばらく経つと、どのチームが何点入れていて、どのような戦いかという筋が追えなくなってしまうのです。
テレビや試合は、見る人が流れや文脈を追わないといけません。海馬に少し問題や傷のあるアルツハイマー型認知症の方が、前に起こったプレーや試合の局面を覚えて、ずっと頭の中で引き継ぐのは難しいのです。でも重要なのは、その場その場では物事が理解できていて、お母様がいろいろ感じていることなのだと思います。
――認知症の脳の仕組みとして、試合の流れを追い続けることは難しかったのですね。その後、私が編み出したのは母にプロ野球の実況で使われる野球用語を話しかけるというものでした。試合全体の理解が難しいのならば、言葉ならどうだろうという実験です。「ダブルプレー」「ジグザグ打線」などの野球用語、「スライダー」といった球種を話すと、頭に「ピカッ」と電気がついたように顔が明るくなるのです。
それは面白いですね。お母様は普段から実況がお好きだったんですか?
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