認知症の母と暮らす脳科学者が見つけた"希望" 自信を失う生活の中、自尊心をどう支えるか

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――実況が好き……というわけではありませんでした。母はテレビで野球中継を見る以上に、台所で料理を作りながらラジオの野球中継をよく聞いていた。だから、母は野球をテレビ画面ではなく、言葉で捉えているのかもしれないと思ったんですね。

お母様を観察していたからこそ、できたことですよね。お母様を実際に拝見していないので、耳から入った野球用語をどこまで意味づけされていたかはわかりません。でも、お母様が台所で繰り返し聞いてきた野球の実況用語は覚えているはずです。だから慣れた言葉、好きな言葉がまだお母様の頭に残っていて、海馬に問題を抱えていても感情を揺り動かせたのではないかと思います。

「好き」「楽しい」という気持ちを起点にすると、脳の伝達ネットワークを変えることができます。感情の中枢である扁桃体(へんとうたい)は、海馬のすぐ隣に位置しています。アルツハイマー型認知症で海馬が少し萎縮すると言っても、海馬のすべてが損傷してしまったわけではありません。感情が動けば、扁桃体からたくさんの刺激が海馬に送られ、海馬がよく働き、その時々のことを覚えられる可能性があります。

だからもしかすると、横山さんと一緒に野球の実況中継を聴いて楽しかった記憶が、お母様の中に残ったかもしれません。

お母様にとっては、野球用語が刺激的だった。しかも単発の言葉だけなので、試合の成り行きを考えなくて済む。だから負担がなく感情を動かすことができたのだと思います。

人は海馬を取り除いても記憶を残せるのか

――アルツハイマー型認知症では、新しい記憶を司る海馬に少し傷がついているということですが、海馬自体がなくなると、人間は記憶ができないのでしょうか?

海馬をてんかんの治療のために手術で切除してしまった人がいます。海馬は記憶の中枢と言われていますが、海馬を切除してもその人に古い記憶はきちんと残っていた。海馬ではなく、大脳皮質に古い記憶が蓄えられていたんです。アルツハイマー型認知症の方は、海馬がすべて駄目になってしまったわけではないので、新しい記憶もまったく蓄えられなくなったわけではありませんし、昔の記憶も残っているわけです。

また自分の好きなこと、興味のあることは記憶としてよく残るんですね。「うれしい」「楽しい」と心が揺り動かされると、記憶も強く定着する。海馬の隣にある感情の中枢が強く刺激されると、結局脳全体が刺激されることになるのだと思います。だから感情を動かすことは、認知症の人にとってもいろいろな意味で希望があると思うんですよね。

(次回につづく)

横山 由希路 フリーランスライター・編集者

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よこやま ゆきじ / Yukiji Yokoyama

神奈川県生まれ。東京女子大学現代文化学部卒業。エンタメ系情報誌の編集を経て、フリーに。コラム、インタビュー原稿を中心に活動。ジャンルは、野球、介護、演劇、台湾など多岐にわたる。

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